産女。

地元で有名な長い橋を渡っていると、旧友とすれ違った。

「やあ、久し振りじゃないか」

僕は終電を逃して、酔い覚ましに歩いて帰っていた。久方ぶりに酒をたらふく飲んだから、機嫌は頗る良かった。

「ひさしぶり、ね」

彼女は小学生の時の同級生で、少し早い思春期を迎えた僕にとっては珍しく、とても親密に交流した異性だった。中学で僕は地元を離れて進学したものの、時々連絡を取り合うような仲だ。

「こんな時間に、奇遇だね。夜泣きでもしたかい?」

彼女は腕に子供を抱いていた。夜中に子を抱いて歩くことは、そうおかしなことではない。年の離れた僕の妹も夜泣きが酷く、母が夜中に散歩をすることがあった。

「……ねぇ、この子を抱いてくれない?」

「抱く? 酔いどれに子を預けるのは、ちょっと危険じゃないかい?」

「でも、抱いて欲しいの」

旧友の頼みなら仕方がない。

「分かったよ」

僕は慎重に腕を構えて、彼女から子供を受け取った。しかし、そこには重さというものがなかった。僕はびっくりして、腰が抜けてしまいそうになった。

「いったい、どういうことだい」

彼女はもちろん目の前から消えていて、僕の腕には一匹の蛾が止まっているだけだった。そこで僕は、彼女が産女(うぶめ)になったことを悟った。そうか、彼女は死んでしまったのか。これだけ情報化された社会でも、その編み目を縫うように、ある人が死んでしまった事実が伝わらないことがある。よりによってそれが彼女であることが、僕はとても哀しかった。一匹の蛾は飛び立つことがなく、何かを伝えるかのように僕の腕に止まり続けていた。


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