飛行機上のクロノスタシス。

飛行機の小さな窓から雲海を眺めていると、止まっているような感覚になる。雲海は、まるで魔法の絨毯のように僕を受け止めてくれるほどに厚く、深い。

「何を熱心に見ているの? 」

うたた寝起きのガールフレンドが、重い瞼を擦りながら言った。

「なんだか、自分が止まっているような気がして」

「ねぇ、それは錯覚に過ぎないのよ」

ガールフレンドは、冷めたコーヒーを口に含んだあと、紙コップの縁を噛んだ。

「それは……錯覚に過ぎないの」

錯覚、僕は頭で繰り返した。脳の処理で発生するエラー。僕は人類の理を超えた速度で移動しながら、止まっていると思っている。

「もし、本当に止まっていたらどうする? 」

「止まっているというのも、錯覚なのよ。地球も光も、私たちの理解を超えて移動し続けている。止まるなんて、ありえないのよ」

僕はどこまでも続いているかのような雲海を眺めながら、ウイスキーの小瓶を傾けた。錯覚に錯覚を重ねて、不確かな機体の不確かな椅子の背もたれに腰掛けている。やがて、僕に眠りが訪れた。現実の錯覚として、またはそのメタファーとして、眠りは私を包むのだ。


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