事故。

道端に倒れている男がいた。男の前方にはハザードランプをつけた車が止まっていて、その運転手だと思われる女性が男の様子を覗っている。しかし、止まるわけにはいかないから、ウインカーを上げて抜かしてしまう。車、女性、倒れている男。僕はバックミラーでその様子を認め、ウインカーを戻す。その先はすぐ赤信号で、ポンピングブレーキを踏む。

「物騒だね。何かの事故かな?」

僕は会話を埋めるために、そう呟いた。すると、助手席の彼女が怪訝な表情を浮かべた。

「血は流れていなかったでしょう。それに、車は前方で止まっていた」

「確かに、仮に男を轢いたとしたら、あの男が前に飛ばされるか」

信号は青に変わって、僕はゆっくりとアクセルを踏んだ。

「ねぇ、どうして平気で進むの?」

「どうして、って? 信号が変わったからだよ」

「ねぇ、あの女性は倒れていた人を助けに止まったのよ。それなのにどうして、あなたは他人事みたいに進むの?」

確かに、と僕は思った。冷静に状況を判断すれば、そういう可能性は高い。僕は引き返そうと思った。しかし、ちょうどいいコンビニエンスストアも、Uターンをするようなスペースもない一本道だった。僕は、アクセルを一定の力で踏み続けている。

「あなたは、人の生き死にも他人事なのね」

彼女は溜息をついてそう呟いた。もちろん、そのあとのドライブは最悪で、僕の彼女の間には不必要な溝が刻まれてしまった。ちょっとしたボタンの掛け違いは、さしずめ大きな事故を起こしかねないと僕は知った。



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