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調律。

 調律師として一番嬉しいことは、一台のピアノと長く向き合うことだ。ピアノは生き物のようなもので、一台一台に個性があり性格がある。しかし、一台のピアノに与えられる逢瀬の機会は、一年に一度しかない。多くのピアノは調律なんてものを求めないから、彦星と織姫の関係を続けることが出来るピアノはほんの僅かなものだ。

 今年も、片田舎の大きな家を訪れる。私はこの瞬間を毎年楽しみにしている。高鳴る胸を押さえつつ、私はインターフォンを鳴らす。

 「今年もよろしくお願いします。」

 この家のピアノが弾かれることはもうない。子供は、うんと昔に大人になり、街へ赴いた。片田舎に帰ってくる余裕は、彼女に残されていなかったのだ。以来、このピアノは粛然とリビングに佇んでいる。ただ、私に調律をされることを待ち続けているのだ。私とピアノの会話は弾む。こう言う調律は私にとってもあるピアノにとっても、時に必要なのだ。

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