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ヨロイマイクロノベルその3

21.
おしゃべりカタツムリがやって来た! でも全然しゃべらないし、黒いプラスティック板の上でじっとしている。夕暮れ、やっとのそのそ這い出した。ねっとりとした半透明の軌跡が浮かび上がる。「ワープ中」。嘘つけ! と思わず叫ぶけど、カタツムリはすでに殻の中に閉じこもっていた。


22.
蟹の季節ももうすぐ終わる。生き延びた蟹たちは砂の中に潜る。深く深く、静かで湿ったところへ。季節が再び巡ってくるまでの長い眠りにつく。その前に鋏を研ぐ。しょんしょん、しょん。この音は地上では聞こえないが、微細な空気の震えは蟹の記憶を抱く我々の口内を唾液で溢れさせる。


23.
あばれ落下祭りは今年も無事に終わった。けが人は落下台に登る途中で足をくじいた青年のみ。参加者は思い思いのあばれ方で次々とやわらかセーフティクッションに落ちていく。動きメインのあばれが目立つ中、「寿限無(略)」の名を三回連呼した女性がMVPに。アナウンサー志望らしい。


24.
彼女は両手の先に空き缶を移植した。「ちょっとだけ背を伸ばしてみたの」。だとしたら足のほうでは、と思いつつも俺は黙っていた。右手はコンソメ、左はクラムチャウダーのラベル。非常用だったが夕食はその中身で済ませよう。いただきます。手を合わせると、鈍くてゆかいな音が鳴る。


25.
死んだ父が硯を持って現れた。だが筆を忘れたようだ。ここには墨もない。何を書くつもりか尋ねる。自分の名を揮毫したいらしい。父は名前を失いかけている。私は親指を切り、右手を父に握らせる。シーツの上に父は私の血で記す。私も共に父の名をなぞる。指以外の箇所がうずき、痛い。


26.
とんち対決を挑んできたのは屏風の虎。小生を捕まえてみよ、とのことだ。じゃあ、まずはそこから出てきてもらわないと、とテンプレとんちで対抗したところ、出たら貴様を喰らうよ、と脅された。私は筆を持ってきて虎の上に縄を描いた。勝つには勝ったが、あとで屏風を弁償しなくては。


27.
春だ! 妹の爆笑が止まらない。おへそに天道虫が入りこみ、くすっぐったいらしい。ものすごく気持ちもいい。のたうち回る妹からなんとか聞き取った。丈の短いシャツを着て外に出る。まだ肌寒いけれど、いろんな虫が飛び交っていた。天道虫以外の虫にくすぐられたらどうなるんだろう。


28.
花たちが枯れていく。毎朝、花瓶から萎れた一本を取り除く。一週間後には三本まで減った。赤と青と紫の花たち。森の奥で暮らす古い部族のように身体を寄せ合う。耳を澄ますとささやき声も聞こえてくる。もしも花たちの言葉がわかるなら、あの夜、違う言い方をできたかもしれないのに。


29.
依然、ごきげんようサイコロは転がり続ける。外界では進路も速度も風に委ねるしかない。この瞬間、北国の砂浜で停止している。八方の角は丸みを帯び、全体も傷だらけだ。冷たく荒々しい潮風が吹くまでは動き出せない。色あせた「初めて○○した話」を天に向けたまま、そのときを待つ。


30.
わが家の前にあった古いポストが少しずつ遠ざかる。気がつけば三軒先まで移動していた。頻繁に島の両親宛ての手紙を投函しているのにつれないものだ。仲良くなるため、とっておきのワインを口から飲ませてあげた。けれどこれ以上ポストは赤くならない。翌朝、薬局の前で倒れていた。

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