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ヨロイマイクロノベルその13

121.
スマートウォッチに表示されっ放しの「サンタ遅延のお知らせ」が消えた。ベルみたいな通知音と共に。寝巻のままドアを開けると水色の箱がある。ずいぶん軽く、振っても音もしないし手応えもゼロだ。箱を開くと甘いクリームの匂いだけが広がる。ディスプレイに「メリクリ☆」が浮かぶ。


122.
絶対にのぞくなよ、絶対に、だ。そう言い残して鶴が業務用冷凍庫内にこもる。恩返し的な本当にだめなやつか、お笑い的なフリなのか。そもそも助けた覚えはないし、鶴の姿で現れるのも凍るのもダメだろう。別の倉庫にしてくれないか、と私は大声で叫ぶが、圧倒的なまでの断絶を感じる。


123.
水平線から夏のつるりとした頭の一部がのぞいている。春の海は穏やかなのに、私はそわそわしてしまう。喉の奥がぱりぱり乾き、腋と背中に汗をかく。夏は水の中に引っこむ。けれど、顔全体を出して思い切り息を吸うときに目が合った。帰り道、私はブルーハワイのフラッペを探していた。


124.
最近、こたつに油断が生じているようだ。しばしば何角形かもわからない状態で休んでいる。アメーバ状のときもある。すぐにしれっと元に戻るものの、大寒も過ぎた夜、もういいや、と声を漏らし、覆いかぶさってきた。それはそれで新感覚の温かさで、こたつと抱き合い私は朝まで眠った。


125.
猫をQと呼ぶうちに鳴き声も「キュウ」に近づいてきた。春、恋する猫となった夜、完璧な「キュウ」を発した。感動して抱き上げるとQは眠った。そのまま腕の中で「ハチ」と寝言をつぶやく。恋する相手は犬なのか、それともカウントダウンなのか。静寂は続き、夜が明けるのはまだ先だ。


126.
ようやく父が鱒釣りから帰ってきた。すでに四月も終わっていた。魚籠から濡れそぼったたい焼きを取り出し、何匹も並べる。「鱒、大量だよ」。そう言って父は泣いた。腹が割れてあんこがはみ出した魚もある。母が大嫌いだった粒あんで、それさえも潰れている。


127.
夜になっても蓮の花は開いたまま淡く光る。お堀にかかる赤い橋から僕はそれを眺めている。一枚ごとに花びらの色が変わる。桃色が濃くなり、薄まり、重厚なクリーム色になり、青も染み出る。やがて僕は水滴の一つとなり、花の中で朝までころころ転がり続ける。


128.
幽霊たちが霊峰と星空の狭間にある休憩所に集まってきた。ここで一夏働き続けた疲労や余熱をクールダウンしてから闇へと帰る。まだ騒ぎ足りず、あるいは人になったと思い違え、地上に残るものもいるが、山々が赤く染まるころ、休憩所は完璧な静寂に包まれる。


129.
凍る湖に集められた一発屋たち。今や彼らは処分されようとしていた。自分はまだ終わっていない、という切実な訴えに続けて、それぞれ、往年のギャグを披露する。刹那、もれなく氷柱と化していく。(養成所講義「長く愛される芸人になるために」資料映像より)


130.
選手宣誓中にキャプテンが大鷲にさらわれた。脱げたキャップと右のスパイク、闇色の羽が何枚かグラウンドに落ちた。大会は中止、以降試合は行われていない。キャプテンは帰らず、遺品は無人のマウンドに埋められた。さまざまな喪失を嘆く者の一部は飛び行く白球を今も晴天に幻視する。

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