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ヨロイマイクロノベルその20

191.
こんな夢を見た。「それってあなたの感想ですよね? と口にする彼氏を助走つけて殴ったら、2回バウンドしてゴミ箱に入った」。しばし自分を責めたあと夢占いのサイトで調べてみる。「金運絶好調」と出たから、宝くじ売り場へ走った。コインでこすると3等だった。よし、旅に出よう。

192.
Y字路で別れることになった。右が兄で左はわたし。手を振って独りになる。はじめは兄の姿も見えて、跳ねたり大声で呼びかけたり、さよならの過程を楽しんでいた。やがて道は大きく曲がり、丸い陽は落ちる。秋と夜が同時にやって来る。歩きながらも眠る。Wを前に立ち尽くす夢を見る。

193.
夏休みはすでに終わった。けれど、尚も夏が家庭内に留まっている。子供たちは学校へ通い、給食の青い野菜を残す。帰宅後は夏をやり直す。絵日記を描く。怪談を怖がる。ガレージの前で手持ち花火をする。蚊取り線香の豚を倒す。アイス一本半でお腹を壊す。そして明日の支度をして眠る。

194.
りりり。虫の音が庭から聞こえる。そこに笛みたいな音が混じった。体育の先生を思い出す。水色のジャージ。ズボンのサイドには紺の縦線。名前は忘れた。きゅっきゅと床を鳴らすシューズのゴムの匂いがした。イメージが消えると笛の音も止んだ。りりりと共に模糊とした感触だけが残る。

195.
母の着物の中で藤が萎びてしまった。かつては鮮やかだった花柄が色あせている。箪笥を開けたときに広がった死の空気は一瞬で消えた。せめて風を通してやりたい。窓際で吊るしておくと、夕方過ぎには涼しげな香りが漂っていた。わたしは蘇りつつある藤の前で何度も深呼吸をくり返した。

196.
肩に鷹を乗せた男が現れて「あのときの鷹です」と言った。主体はどっちなのかわからないが、いずれにしても覚えはない。生来、鳥アレルギーですので、と俺は拒絶した。「あのときのマサルです」と男は真顔で言い直した。鷹が猛スピードで男の肩から飛び去った。私は無言で扉を閉めた。

197.
博士は天才だ。カニカマから蟹を作るマシンを開発したのだから。助手の恩恵を受け、連日の蟹尽くしを堪能した結果、鋏を見るのも嫌になった。そもそも博士は完成前から甲殻アレルギーになっていた。宝の持ち腐れなのでチーカマを入れてみた。マシンから蟹が出てきた。やっぱり天才だ。

198.
ゴールデン梨園はグラウンドに隣接している。出荷前に一度、643のダブルプレーを経験させることで味に深みが出る。強豪校からは球児がスカウトされる。特別な訓練を受け、やさしい送捕球を学ぶ。夜の作業はナイターと呼ばれ、大玉のときにはテンション高いプレーが見られるらしい。

199.
沼の裏で大きな西瓜が売られていた。妻と代わる代わる持ちながら帰る。「この夏どころか人生最後のつもりで食べよう」。右肩が重くなる。私だけでなく手ぶらの妻も斜めに傾き始める。Y字状に開いた状態でだらだら歩く。「とびきり甘い予感がする」。そう囁く妻と低い位置で目が合う。

200.
門から続く通路脇に曼珠沙華が咲きまくる。母が次々と引き抜き始めた。白い花は残される。地面からのぞく塊が気持ち悪いと球根も手で掘り返す。かがむ母の頭上で白の花びらが揺れる。夕刊の配達員が重ねられた赤い花を飛び越える。町の有力者の訃報が新聞受けに音もなく差し込まれる。


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