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ヨロイマイクロノベルその5

41.
あの人が飾っていたレコ―ドジャケットを今になって塗りつぶす。本日のラッキーカラー、群青色で。ペンを走らせるうちに右腕の筋がおかしくなった。肌の下のやわらかいところがぴくぴく震える。モールス信号よろしくサインを読み取ろうとしても、頭に流れる変てこな曲が邪魔し続ける。


42.
数日前から「大成功!」のプラカードを持った男がついてくる。にやにやするだけで何も言ってこない。ファストフード店ではわたしのあとに注文していた(てりやきバーガーセット)。さらに男の後ろにプラカードを持つ別の輩まで見つけてしまった。わたしはメタとどっきりの渦中にいる。


43.
青春改造選手権が三年ぶりに開催された。「親からもらった大事な身体を(略)」勢が抗議に押し掛ける中、中指をグレープゼリーに替えた17歳男子が優勝。表彰式中も立ててアピールを試みるものの、紫色の中指はぷよぷよ揺れ続けた。その新しい反抗心にはアップル味の替えもあるらしい。


44.
幽体離脱はしばしばあるけれど、いよいよ幽体からも離脱してしまった。ただ、部屋の半分の高さまでしか浮き上がらない。真下の幽体のその下に本体が眠る。夜の町に爆発みたいな雷が落ちる。轟きの余韻でわたしの幽体か幽体の幽体か本体が細かく揺れる。雨は雷の少し前には止んでいた。


45.
いやらしい気持ちを忘れてしまったので古い薬を引っ張り出した。うすい桜色のジェルをあらゆる指の股に塗りたくる。すぐに大量の汗をかき始める。手と足がぬちゃぬちゃになり、フローリングにいびつな足跡が浮かび上がる。その模様はすべての男たちが町から消えたことを思い出させる。


46.
「お父さんお父さんカキフライがやって来るよ」。ベッド上の娘がうわごとをつぶやく。まるで魔王だ。だが貝アレルギーの私こそ用心したい。まずは魔のカキフライが入りこまないよう、ただでさえ寝苦しそうな娘の口をマスクで覆う。そして私は超長いカッパ巻きをくわえて夜明けを待つ。


47.
「絶対、無限になってやる」。長い時間をかけて彼はひも人間と化した。身体を曲げてひねって曲げて、手足の指先がつながる。メビウスの輪が完成した。そこで彼は宇宙を垣間見る。5分後、裏も表もない彼はそのままの体勢で吐いた。吐しゃ物もまた、ほぼほぼ「∞」。時刻は午前2時8分。


48.
「本日の主役」のタスキが手書きだったなんて。達筆マスターとなった私は懲罰房じみた狭い部屋でノルマをこなす。ひたすら機械的に文字を入れる。悲しいかな、手が震えたところで技術は決して裏切らない。能天気にこれをかける奴らの笑顔を想像しながら、私は呪いに似た祝福をこめる。


49.
「うーばー」。おかもちの表面に手書きの文字。近所の中華料理の店員が配達に出かける。アルミの表面が夕陽を反射する。くすんだ銀色とざらついたオレンジ色がバイクの振動で揺らめく。たぶん、中には味噌バターラーメンが入っている。配達先がボーイフレンドの家だったらいいのにな。


50.
梅雨はじめの深夜、わたしに続いて彼の鼻も伸びる。視線ならぬ鼻線がお互いのあちこちをつつく。それが痛くてたまらない。正直さに誇りを持っていたわたしたちは試しに嘘をつき合う。「嫌いだね」「嫌いだよ」。彼の鼻が1.5メートル、わたしは7センチ、きゅるきゅる音を立てて伸びた。 


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