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ヨロイマイクロノベルその16

151.
無敵中だい、と朝からぶつかってくる近所の子供たち。夕方にも後ろから当たられた。ずっと無敵じゃん。よろけたわたしは遠くなる背中に向けて叫ぶ。子供たちは赤い夕暮れのほうへ走っていった。夜中、震えるようなか細い声が遠くから響く。外は怖い夜は怖い。子供はみんな泣いている。

152.
広い川に船は浮かんでいる。薄暗い船内には木製のベッドが隙間なく並ぶ。私は大の字に横たわった。夢であの世とこの世の狭間へ行けるらしいが、かなり緊張している。どこも静かだ。たまに跳ねる水の音だけが響く。やがて股の下あたりから低反発枕が生えてくる。余計に眠りが遠くなる。

153.
近所で「孤独を燃やすフェス」が開催される。消火器持参で様子を見に行く。大勢の人が集まっていた。恥ずかしくなり消火器を隠す。うっかりレバーを強く握ってしまい、慌てて噴射口を帽子で覆う。白い粉とグレーのハットが真昼の空を高速で跳ぶ。みんなが顔を上げ、数人が手を叩いた。

154.
サルビアの横を過ぎると、りんりんりん、と音が鳴った。みんな自分が鈴だと勘違いしているらしい。仕方がないので音に合わせて歌った。亡き父に教えてもらった海の唄だ。音はすぐに止んだ。音痴なのは遺伝ではないけれど、恥ずかしかった。鈴音の余韻を抱きながら、独り、家に帰った。

155.
自宅前の道路に矢印が大量に浮かんでいた。出かける気は一瞬で失せた。白いラインでさまざまな方向が示される中、「とまらない」の標識がやけにくっきりと見える。そのくせ何も通らない。町に一人残されたような悲しい気分になる。そのままただ時間だけが過ぎて、赤い月の夜を迎える。

156.
長いサイレンの後、芍薬の丸い花が降ってくる。中空で赤いつぼみが開く。厚い花弁を震わせ、中から四つ打ちの重低音が鳴り響く。落下すると花は四方に散り、ビートは止む。それは次々に爆音と共に落ちてくる。丸みを帯びた花の欠片を踏みにじり、若者はアスファルト上で踊り、跳ねる。

157.
雨は止まないし、祖父はびたびた両手を叩く。夏を前に蚊を殺しているらしい。中腰で追いかけるように庭へ出て、手を打ち鳴らし続ける。たっぷりと濡れた祖父は外から手のひらを見せてくる。ぬらぬら発光したぐるぐるの線が浮かび上がり、何がかわからないが、なるほど、と私は思った。

158.
桃色のカバの貯金箱が夜中に震えだした。たいした金額は入っていないはずだけど、じゃがじゃが小銭の音が鳴る。カバはその場で揺れ続け、その体内で硬貨が跳ねる。七百八十二円だな! 音から金額を予想したあと、震えるカバを手に取る。中を確認すると五十三円しか入っていなかった。

159.
「とれたて! ぴちぴち!」とメニュー上にある「やむにう」という料理が気になる。やむにうって、と口にしたら、「今から獲ってきますね」と店主が笑顔で出て行き、全然帰ってこない。我々が各々のやむにう像を熱く語っていると、ようやく戻ってきた。お餅だった。お餅? ぴちぴち?

160.
楕円の白い薬を飲み忘れた。三日分ふくらんでいた。何の薬か覚えていない。鼻をつまみ飲み込む。喉の奥に引っかかり、大量の水も必要だった。けれど思い出した。愛の薬を飲むのを忘れない薬だ。オレンジの小さな粒を二つ、目を閉じて飲む。体内に愛が広がり、世界の半分は静まり返る。


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