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ヨロイマイクロノベルその17

161.
決起集会に集まったのは俺と犬(ジロ)。そもそも呼びかけてなどいないのだから充分な成果だ。梅雨の晴れ間の土手で大声をあげ、吠えた。人々はただ通り過ぎる。川の奥で何度か魚が跳ねた。雨の予感がして帰った。散歩だなんて誰にも言わせない。ジロの誇らしげな顔つきを見るがいい。

162.
沼には骨が埋まっているらしい。男についていくと黄色い花が咲いていた。水中から拳を突き出すように、にょん、にょん、と伸びている。あれだよ。骨が咲くのかと尋ねると笑われた。怒ったら、カルシウムが足りないね、と三角形の牛乳パックを渡された。暗い水面だけが大げさに揺れた。

163.
紅と藍で色の違う紫陽花が庭に生える。その境界線をラインパウダーで敷くのは別れた夫だ。夏前にやってきて五分足らずで作業を終える。麦茶を勧めたけれど、夫は断って帰った。すぐに煙みたいな雨が降り、白い線を溶かす。濁ったささやかな水流も左右に別れ、各々の紫陽花の下へ注ぐ。

164.
試食いかかですか、とピンポイントで追われている。自転車なのに引き離せない。男はぐるぐるのうずまきウインナーの串を握りつつ、しっかり腕を振っている。段々お腹も空いてきた。フライパンでぐるぐるを焼くところをイメージしながら、サドルから腰を浮かせペダルをぐんと踏みこむ。

165.
春に咲いたミツマタの花のうち、三分の一は例年より早めに散り、もう三分の一は鳥に突つかれ消滅、残りの三分の一は未だに咲き続けている。細かい雨が降る季節にも艶めきは衰えず、花は空に向けて広がる。夜更けには枝を震わすほどの大爆笑の声が花から響く。それが長寿の秘訣らしい。

166.
妻が「かみさま」と言うときだけ超早口になる。ほとんど聞き取れない。だからわが家に隠れていた神様を隠した。あちこちが暗くなった。次々にいろんな神様がいなくなる。最後に野球の神様が玄関から出て行った。バットを忘れていったので、私はこの夏、毎朝素振りを始めることにした。

167.
四つ子たちは新月が見えるらしい。暗い夜空を仰ぎながら、月に生き物はいないだの、三角の旗が見えるだの、あれはショベルカーだの、「LA」という文字が浮かんでいるだの、やいのやいの言う。みんな同じように腿の裏を蚊に刺されて、その赤くて丸い模様はわたしにもちゃんと見えた。

168.
熱さで弱り切った獣たちのために蔵を解放した。氷室とまではいかないが四隅には水を張った甕もある。蔵はぱんぱんになり、外から扉に閂をかける。わたしは外を出歩き、高温多湿の空気が漂う中、獣のいない風景を眺める。夜、蔵から漏れるうめき声を聞きながら、予定調和的に発熱する。

169.
花時計の周りには私と恋人しかいない。花の種類も数もやけに少ないが時計は動いている。少しの間だけ手を繋ぎ、あとから来る人たちのために草むしりを始める。花時計の手前に土と草の小山ができる。汚れた手を繋ぐ。いつかまた来ようと約束して、針がぴんと跳ねる瞬間、その手を離す。

170.
伯父が謎の肉塊を庭に投げた。これで悪い虫が寄ってこないらしい。わたしと弟と母、伯父が縁側に並ぶ。肉塊が転がった暗闇を眺めながら、西瓜にかじりつく。塩が足りないと伯父が言う。指を舐めろと母が言う。伯父は右の拳ごと口に入れる。弟が笑う。本当に虫の羽音は聞こえてこない。

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