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ヨロイマイクロノベルその14

131.
ひたすら米粒に文字を書かされている。「ふっくら」「つやつや」「GGRKS」。謎の言葉もあるがこれも修行だ。できた米を集めて炊く。手を合わせながら火加減を見る。坊主から見張られている。やがて釜から湯気が立ち「あと15分」という文字になる。すでに焦げた匂いが充満している。


132.
ベジタリアンNが泣きながら銘菓ひよこにかぶりつく。土産売り場のすぐ近くで。両手でつかんだひよこを頭からかじり、また別の一匹に取りかかる。そして新たな二匹、という具合に虐殺行為は続く。頭がこぼれ落ち、床を転がっていく。Nの涙は破かれた包装紙の上に小さな溜まりを作る。


133.
青緑色の草原で恋人と手を握り合って眠る。夢でわたしたちは草ごと燃える。汗をかいて目を覚まし、いまだ眠る恋人の手を払う。広げたわたしの手のひらで小さな赤ん坊が眠る。わたしは濡れている赤子をやわらかく包む。恋人もそこに手を重ねる。手の中でとくんと命が波打つのがわかる。


134.
飛び方を忘れた鴨は北へ向かわず、土を歩く。虫を追うときに羽を広げるのも止めた。空腹の鴨は淡い緑の草と黄色い花の粒を啄ばむ。苦くて吐き出すと同時に春の鳥みたいな囀りが漏れた。それを聞きつけて詩人が現れる。鴨は詩人に拾われ一緒に暮らすが、春めいた鳴き声は二度と出ない。


135.
春の亀をひっくり返すと甘い涙をこぼす。ただ、鳴き声はあまりにも苛烈らしい。事前に耳栓をつけ、浅い沼の亀を次々に裏返す。あちこちから悲鳴のような声があがり始めるが、鼓膜は保護されている。やがてばたばたと水鳥が落ちてくる。亀の腹で跳ね、ぬかるみに落ちる。泥水が跳ねる。


136.
ピノキオの故郷で銅像が建てられた。完成後すぐに、平常時の鼻の長さが違う、と本人からクレームが届く。急作業のため赤粘土を練ったもので補修される。先端は丸々として立派になった。朝にはそこにふわふわの鳥たちが留まり、睦み合う。春の終わりには花びらとともに紅い鼻先も散る。


137.
「いやだいやだ、帰りたくない」。バスの床に寝そべり、だだをこねるのはかつての母だ。先祖返りして、茶色の毛で覆われ、尻尾まで生えている。窓から灯台が見えたので、降りるボタンを押す。元母は尚も騒ぐ。私は整理券をなくしたことに気づく。誰も降りず、バスは次の灯台へ向かう。


138.
「マジックカットに負け続ける人生でした」。珍しく弟子志望者が現れたと思えば、開口一番そう言い放つ。「どこからでも切れます、このフレーズがただただ虚しいのです」。弟子候補はよく喋り、同時に今にも泣きそうだ。だが、来るところが間違っている。私はただのマジシャンなのだ。


139.
雪女は道に迷ったらしい。肩の上に桜の花が散っていた。 具合が悪そうなので部屋にあがってもらう。クーラーを効かせ、とっておきのアイスも出す。礼を言って雪女は去った。半分残ったアイスを食べようか迷ううち、溶けてしまう。バニラの溜まりには退紅の花びらが一枚、浮かんでいた。


140.
黒い牛の腹を破り、生まれ落ちた陰の子。死骸の皮を縫い合わせてから姿を隠した。月の消えた夜には外をうろつく。雨のない季節にも濡れた足がぴたぴたと土の道を鳴らす。その姿を目にしたものは高熱を出す。うなされる中、足音と共に次の新月の頃合いを伝える声が聞こえてくるらしい。

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