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第十液

こんな夢をみた

老人がひとり

座っていた

怒鳴り声が聴こえる

土下座させるように座らせ、ひたすらに怒鳴りつけている

おいおい……
なんだなんだ……
あれ……あれは……

罵声を浴びせ続けているのは、俺だった

何がなんだかわからないままに呆然と眺めていると、ふと罵声がやんだ

「子供のままなんだ、私の中では。いつまでたっても、なにがあっても」

老人の声が、なんだか母の声のようで、父の声のようでもあった

ふたたび、何を言ってるのかわからないほど怒鳴りだす

怒鳴るというよりも、もはやガナリ声だ

かすれきり、獣の唸りのごときそれでは、何を言っているのか、何もわからない

しまいには、老人は這うように棚の前に行き、木でできた人形に祈りはじめた

「こんなもの信じたって、なんになるっていうんだ。所詮、木でできた人形だろ」

なぜ言ってることがわかる?

いつのまにか、俺は俺に成っていた

乗り移れたのはいいが、思考も行動もどうすることもできないことに変わりはない

俺は人形を奪いとり、圧しおり、床に叩きつけた

こんなことなら、眺めている方がまだマシだ

「そうかもしれない」

「じゃあ、なんで祈るんだよ」

「祈るしかないから祈る。祈りというのはそういうものだ」

床を這うようにして、カケラを拾い集めながら

なんだかもっともらしいことを言うじゃないか

なにかが、カチリとはずれる音がした

これが箍(たが)がはずれるってやつなのか?その音なのか?

ついに老人を蹴飛ばしはじめた

ふいをついて柔(やわらか)な腹を狙う狡猾さだ

老人は呻き声ひとつあげない

何もいわずに、はじめて顔を上げた

そして真っ赤に腫れた目を見開きながら、こちらからじっと目を離さない

まるでよくみろと言わんばかりに

いまさら気がついた

それは年老いた俺だった


今液はこれにて


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