買い物における偶然について

小売の世界には関連販売という言葉がある。関係する商品を提案することで複数の購入を促し、客単価、買い上げ点数アップを目指す方法である。食料品であれば精肉売場に焼肉のタレをおいたり、アパレルであればトップスと相性のいいボトムスを一緒に並べるなどの販売手法のことである。ひとりあたり何点の商品を買ったかを示す指標は関販率と呼ばれ、この関販率を上げるために、店舗ではあらゆる工夫がなされている。

この関連販売は、分解すると2種類ある。小売側でコントロールできる関連販売と、コントロールできない関連販売である。

コントロールできる関連販売は、ひとことでいえば、特定の商材への依存度が高く、ある程度役割が限定された商品群のことである。練乳はいちごと並べたほうが効果的であり、替芯は対応するボールペンとあわせて陳列したほうが顧客にはわかりやすい。用途が限られ、セットで購入する可能性の高い商品は一緒に展開するなど、顧客サービスとしてあらかじめ店舗で購入の工夫をしておく必要がある。

もうひとつの小売側でコントロールできない関連販売は、複数の用途があり、ユーザーによって目的が異なる商品群のことである。その魚の小売側のおすすめの食べ方は煮付けでも、焼いて食べるか、刺身で食べるかを決めるのは顧客である。これらの商品は、用途のバリエーションを訴求し、顧客が迷ったときにアドバイスをするというスタンスが望ましい。

用途が複数ある自由度の高い商品は、偶発的な買い物を生みだしやすい。そして、これから大事になるのは「偶発」というキーワードであり、偶発的な買い物こそが、実店舗における買い物の醍醐味である。

「小売再生」の中で、著者のダグ・スティーブンスは次のように語っている。

ショッピングの本当の楽しみは、妥当性と偶発性の絶妙なバランスにある。買い物客としては、自覚しているニーズや好みを刺激する商品に出会えることは確かにうれしい。と同時に、自分の趣味に合うとは思ってもみなかった店、まさか存在するとは思いもしなかった商品、何の前触れもなく突然ハッとさせられたり魅了されたりした出来事などと出会える驚きや喜びも心のどこかで切望している。実店舗はこうした魔法のような場所になりうるし、そうあるべきなのだ。

妥当性は、ある意味で顧客の想定の範囲内、つまり、顧客の期待に期待通り応えることである。その中にはサービスとして関連販売などの利便性も含まれている。

偶発性は、顧客の想定していなかったもの、想像を超えたものを提供することである。情報がこれだけ氾濫している現代では、たいていのことは調べればわかる。一方で、調べなければ埋もれてしまう情報もまた多い。その中からエピソードを拾い上げ、顧客へ偶然の出会いを提供することも、これからの店舗に求められる役割のひとつになる。

そして偶発性を生む仕掛けづくりも、店舗は意識しなくてはならない。しかし、逆説的だが、コントロールできないからこその偶然である。

ポイントは、偶然を無理にコントロールしようとしないことである。それよりも、偶然が生まれやすくなるような、あそびを持たせた環境をつくることが望ましい。環境を整えて、偶然が生まれるのを待つのである。

そして大事なのは、偶然が生まれたら、その偶然を起点に顧客と関係を築くことである。人は自分の期待を超えたとき、誰かとシェアしたくなる。それが偶然であれば、なおさらである。偶然を起点にした顧客との関係づくりが、新しい小売のスタンダードになると考えている。

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