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【ネタバレ】Fly Me To The Moon【レビュー】

また突然思い立って映画を見て来たのでネタバレ含みながらレビューの巻。ネタバレの困る方はそっ閉じしてください。

この映画の話というかあらすじを聞いたとき、ちょっと嫌な予感がした。

歩いたのは月の上?それとも?
人類初の《月面着陸》に関するあの“ウワサ”から生まれた映画

公式サイトより

「あのウワサ」というのは、例の根も葉もない「実は人類は月に行ってない、あれはNASAが極秘にスタジオで撮影したのだ」という陰謀論のことを指しているのは間違いない。

世の中、信じられないことばかりだから、そういうことはなんでも「陰謀」のせいにしてしまいたい、という気持ちはわからないでもない。

しかし、ことアポロの月面着陸プロジェクトが架空であると思ってしまうのは、一部のおかしな人たちが主張している「地球は平面だ」という説と同じぐらい荒唐無稽であることをわかってほしい。

嫌な予感がしたのは、この映画がもしかして「そのウワサ」に乗っかって陰謀論者に与したような馬鹿げた内容になっているのではないか、と思ったからだ。

しかし、考えてみればいくらハリウッドがフザケていようと、60年代のアメリカが国家の威信を掛けて、3人の尊い宇宙飛行士の犠牲を乗り越えてついに成し遂げたアポロ月面着陸を、アメリカ人の誇りを、そのような形で揶揄することはあり得ない。

もう少し詳しいあらすじを読んだところ、どうやらそんな単純かつ馬鹿馬鹿しい方向に持っていくのが目的ではないことがわかってきた(ので、観にいくことにした)。

私は宇宙に関するモノ・コトがかなり好きである。少なくともJAXAが宇宙飛行士を募集したらウッカリ応募するほどには好きだ。

映画はまさにそのアポロ1号の悲惨な事故のフラッシュバックから始まる。あの事故は本当に痛ましい。今となっては、そんなことしたらダメに決まってるじゃないか、と思えるのだが、こういうのは当時の常識下でNASAの超秀才の集まりでも防げなかったのだから、防ぎようがなかったのだろう。

そして主人公のローンチディレクター、コール(チャニング・テイタム)が当時のフォード・マスタングを駆ってV8でドロロロと走り回る。実はこの「マスタング」も中盤へのネタ振りになっていた。

彼はアポロ1号の事故を起こした責任を感じており、それが深い心の傷になっている。最初彼がマスタングで立ち寄った場所、よくわからなかったのだが、途中で明かされる。犠牲になった3人の宇宙飛行士の追悼碑のある建物だ。もちろんこれは実在する。

それに限らず、映画を見ていると以前フロリダで実際に見たVABやらローンチパッドやら、ロケットを運ぶ超巨大なトランスポーターやらが出てきて「見た!これ見た!」と子供のように叫びたくなる。

このVABもそうだけど、コントロールルームとか、サターンロケットとか、着陸船とか、すべて「ホンモノ」が展示されている。そこには「ホンモノ」しか醸し出せない圧倒的な存在感がある。こればっかりは言葉では表現できない。

ウソだと思う人は、ぜひ一度フロリダ観光ついでにNASAに行ってみてほしい。

一方もう一人の主人公、マーケターのケリー(スカーレット・ヨハンソン)は言葉巧みに商品を売り込むマーケティングのプロ。彼女はその生い立ちに複雑な経緯を抱えており、いつの間にか「ウソの達人」になっているという設定。

彼女はその才覚を遺憾無く発揮し、当時のベトナム戦争真っ只中で「宇宙やってる場合か」という世論に押されて窮地に立たされていたNASAの懐事情を劇的に改善させる。宇宙飛行士たちを広告塔にしたり、企業とのタイアップを次々と成功させたのだ。

ここには大きな皮肉が込められている。およそ世の中のコマーシャルというものは、ぜんぶ「ウソ」とは言わずとも、消費者をうまいこと騙くらかして自社の商品を素晴らしいものと思い込ませ、購買行動に繋げるのが使命だからね…

そこに怪しい政府関係の黒幕みたいな設定のモーという悪役が出てきて「着陸船にビデオカメラを積めよ、トップ(大統領)の命令だ」と告げて去っていく。

今ならともかく、当時のビデオカメラは7キロくらいある代物で、燃料節約のためにグラム単位で軽量化していた着陸船の担当者はたまったものではなかっただろう。

このやりとりが実際にあったかどうかはともかく、ビデオカメラを積んだのは事実だし、着陸時に燃料がギリギリだったこともまた事実である。

もう一つ、厄介なのが政治家だった。NASAがいかに天才集団といえど、州政府などの後押しがなければ予算は得られず、ロケット開発は空転してしまう。

反対派の議員たちをケリーの才覚で次々に「堕として」いくのだが、そのエピソードの一つで実はコールが元空軍パイロットで、いまも自由に旧大戦機を乗り回せる立場であることを利用して、車では絶対に間に合わないタイミングで議員宅に押しかける、というプロットが現れた。

そこで出てきたのが他でもない「P-51マスタング」だった。あーなるほどだからクルマもマスタングなのね、と納得できる。

第二次大戦中のアメリカの戦闘機は、グラマンとか本当に「正気か?」と思うくらいカッコ悪いのばかり。こいつらの感性はどうなっているのだ?飛べばなんでもいいのか?と思っていたが、このP-51だけは「突然どうした?」というほどカッコいい・・・アメリカ人はよくわからん。

ただ、さすがに「間に合わねぇから!」という理由で民間人を後部座席にポイと積んでいきなりブババババと飛び立つとか、ないよね普通・・・(あるの?)

そんなこんなでアポロ11号プロジェクトはほとんど上手く行きそうになっていたのだが、「絶対にうまく行ってくれないと困る人=大統領」が、プランBを作っとけと言い出した、という話になる(これは当然フィクションであろう)。

それこそが「本物そっくりなスタジオを作っといて、もし映像がダメだったらそっちを流す」ということ。これをコールには知らせず、ケリー達が勝手にやることになる。

まぁこの時点で「(バレずに)そんなことできるわけないやろ」と言うことだが、それこそが映画ということで。

このフェイク撮影の光景は、下手をすると陰謀論者達が盛り上がってしまうものなのかもしれないが、映画の中でいみじくもコールが言うように、そんなことやっても「バレるに決まってるだろう」。

どんなに頑張ってワイヤーアクションをして「重力が6分の1のフリ」をしても、実際に周囲の空間のすべての重力が6分の1になっている状況など表現できないのだ。

さらに人の口にフタなどできない。もし仮にそんなフェイクプロジェクトがあったとして、ちょっとやそっとの規模で実現するはずがない。着陸船から何からあらゆるものをフェイク用に準備しなければならない。何百人何千人もの人が関わらなければできない。これは、ものづくりに関わった人なら感覚的にわかると思う。

映画の中では、スタジオに入ったごく一部の人たちで作り上げたかのようになっていたが、そんなことできるわけないじゃん。

他にも、終盤にもっと「そんなことできるわけないじゃん」な無理矢理プロットが突っ込まれるけど、もうこれ以上はヤボというもの。「映画だから」。

でもって、モーが「口外したら命はないぞ」的なことを言ってた(と思う)けど、そんな脅しをしても、もし本当にこれだけ大それたフェイクに関わった人がいたとして、その全員の口を塞ぎ続けることなど不可能である。本当に全員殺せば別だけど。そんなことしたら逆にそっちの方が大騒ぎになるし。

そんなこんなで、最終的には史実通りアポロ着陸船は月に降り立ち、アメリカは(というか、世界中が)大熱狂するわけだけれども、その裏ではフェイク部隊がクロネコと必死で戦っていた・・・という、ちょっと笑える話になっている。

そう。基本的にはこの映画は「コメディー」なのだ。しかもアメリカ映画特有の「ムキムキマッチョ」と「ムチムチグラマー」が最初いがみ合ってたけどいつの間にか熱く見つめあって「ブチュー」という、お前ら何がなんでもそれやらんと気がすまんのか?という王道のラブコメ。

ということで、シリアスなアポロ計画のサブストーリー的なものを期待していってはいけない。あくまで「フフッ」と笑って済ます気持ちでみれば「うん、なかなか面白かった」という気分で帰ることができる。

そうそう。そもそも映画が始まった時点で驚いたのだが、この映画のクレジットは「APPLE FILMS」だった。

30年前に「2020年代には、アップルが映画作るようになるよ」と言ったら「お薬だしておきましょうね〜」と言われたであろう・・・

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