成果主義を超えて――『ルポ 無料塾』が示す教育格差の新しい視点
1. はじめに
『ルポ 無料塾 「教育格差」議論の死角』(おおたとしまさ著)は、日々の中で抱く「格差社会」へのもやもやを言語化してくれる一冊です。本書は、日本の教育格差に向き合い、教育の現場に息づく現状と課題を浮き彫りにしています。「無料塾」という形で取り組まれている教育支援は、子どもたちに平等な学びの機会を提供しようとする試みであり、読み手に多くの気づきを与えてくれます。
2. 本の概要と印象に残ったエピソード
本書は三部構成で、実話、実例、考察とそれぞれ異なる視点から教育格差を掘り下げています。まず第一部の「実話編」では、全国の無料塾を取材し、その運営者の想いや、生徒たちの背景が描かれています。各塾の運営の工夫や、それを支える人々の熱意がリアルに伝わり、彼らの活動がいかに社会的意義を持っているかが見えてきます。中でも、難関校を目指すための無料塾「足立区のはばたき塾」の存在は印象的でした。無料塾と聞くと貧困層の支援に特化した教育を想像していましたが、実際には高度な学習支援を提供する場もあり、「無料塾」の多様性に驚かされました。
3. 「ハイパー・メリトクラシー社会」の視点からの考察
本書で紹介されている「ハイパー・メリトクラシー(超業績主義)」の概念には、現代の教育が抱える根深い問題が集約されています。これは、日本社会が長く求めてきた、客観的で均一な能力評価の枠組みを超え、創造力や情動といった個人の本質的な資質が重視される社会です。
江戸時代以前は、職業は家業として家族に受け継がれ、多くが特別な訓練を必要としない「単純作業」や、生活に直結した手工業に限られていました。しかし、近代化が進むと、義務教育が導入され、画一的な知識や技能を持つ人材の育成が重視されるようになりました。産業の効率化と共に、誰もが共通の基準で評価され、平等なスタートを切れるとされる「能力主義」が根付いたのです。
こうした教育の画一化は、平等の観点から一定の役割を果たしましたが、現代の「成果主義」へとつながり、過度に高い基準を求めることで、競争にあぶれた人々に格差を生む原因ともなっています。本書を通して、私たちはこれまでの教育のあり方を見つめ直し、本当に必要な能力とは何かを考えるきっかけを得ました。
4. 違いが格差にならない社会への期待
著者おおたさんが言う「違いが格差に見える社会ではなく、違いがあっても皆が尊厳をもち、誰も嫌な思いをしない社会」という表現には深く共感しました。格差の背景には、社会が一部の人に求める能力があまりにも高く、そこから溢れた人たちが「負け組」扱いされる現実があります。今後は「能力」よりも「機能」を持ち寄って支え合う社会が理想だと思います。この社会の中では、個人が自分の得意な役割で貢献し、他者の違いが自然に尊重される環境が必要です。この本が示唆するように、「格差」という視点だけでなく、多様な価値観を持つ社会こそ、教育が果たすべき役割であり、その先にある「平等」とは何かを考える上で大切だと強く感じました。
本書は、教育格差に関心を持つ全ての人にとって必読の一冊です。