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人生を潰されないための魔法の言葉ーミニ読書感想『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子さん)

柚木麻子さんの短編集『あいにくあんたのためじゃない』(2024年3月20日初版発行、新潮社)が、最高の物語でした。読めてよかった。物語の魅力は、タイトルに全て込められている。あいにくあんたのだじゃない。自分の人生の手綱を、どうでもいい他人に譲らない。私の人生は、私のためだ。


最もお気に入りは、フロントを飾った『めんや  評論家おことわり』。過去のブログで、客や店内を勝手に撮影、アップしたことが炎上したラーメンブロガー。そのことで超人気店に「出禁」をくらって悶々としていたところ、和解の機会が得られて、、、という話。やれやれ、やっと許されるのか、と思いきや、、、怒涛の展開が待っています。

ブロガーからしたら「ちょっと映り込んだだけ」。だけど、「映り込んだ」で済まされた側は、大きな痛みを負った。加害者はいつだって、被害を過小評価する。

被害者側の発したこんなパンチラインが胸に残る。

「あたしは、ばか親に育てられたかわいそうな赤ん坊じゃない。それにママはばか親じゃない。恵さんの体は恵さんのものだし、店長は誰のおふくろでもない。替え玉さんと朝陽さんがどこでどんなふうに仲良くしようが、美香さんの性別がなんであろうが、たとえ自分の中で答えが出なかろうが、あなたなんかにくだらない名前でなれなれしく呼ばれる筋合いはないんですけど!」

『あいにくあんたのためじゃない』p52

あんたなんかに、馴れ馴れしく呼ばれる筋合いはない。勝手にラベリングしないでよ。この叫びこそまさに、タイトルに通じる精神。あいにくあんたのためじゃない。

本書が素晴らしいのは、いわゆる勧善懲悪の物語ではないこと。スカッと!では終わらせない。私の人生は、あんたのためじゃない。だから、あんたはあんたの人生を生きなよ。そんな厳しいながらも優しいエールも込められている。

『パティオ8』という作品は、本書のあらすじ解説にもよく挙げられる。コロナ禍の自粛まっさかりの時期。小規模マンションの中庭で子どもたちを遊ばせていたら、「海外との商談に差し障るからやめろ」とある住人男性に怒られた。母親たちは連携して、その男性から商談先を奪うことを画策する。

痛い目に遭わされた男性はラスト、こう述懐します。

子どもたちの笑い声が聞こえて来る。自転車の車輪が回転している。ボールが芝生をはねる音がする。自分以外誰もいないリビングで、次々とこぼれてくる光の粒のような音は、宮本を言いようのない不安からほんのいっとき救ってくれた。妻の、いや、美和の言う通りだった。どうしてあんなにも耳障りに感じたのか、宮本は自分で自分がとても不思議だった。

『あいにくあんたのためじゃない』p174

忌み嫌っていた子どもたちの声に、救われる。自分が排除しようとしたものは、自分を排除しはしなかった。本書はインクルーシブなエンパワーメント小説なのです。そこが素晴らしく、格好いい。

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