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ステイホーム時代にぴったりの哲学書ーミニ読書感想「暇と退屈の倫理学」(國分功一郎さん)

國分功一郎さんの「暇と退屈の倫理学」が面白かった。新潮文庫に収録され、格段に手に取りやすくなった。どこにも行けない、家から出られない、そんなステイホーム時代にぴったりの哲学書だった。


人はなぜ退屈するのか。それは暇とどう関係しているのか。身近なテーマなようで、実はこの問題は人類学、哲学、生物学に幅広くつながる窓だというのが驚きだ。

一番惹きつけられたのが、「定住革命」の章。人間は原始的には回遊的な移動生活が長かったので、定住化するにあたりさまざまな革命があったのだという説。たとえば、排泄物やゴミをどうするかなど。

そのため、退屈というのは定住革命した人類の宿命だといえる。新型コロナウイルス下のステイホームがしんどいというのは、実は人類起源に遡る「古い問題」だったのだ。そう聞くとなんだかなぐさめられる。我々が容易に解決できないのも当たり前というものではないか。

そのほかにも、パスカル、ニーチェ、ハイデッガーなどそうそうたる哲学者の論考を「暇と退屈」の観点から解剖していく。中身はガチンコの哲学書だ。しかし暇と哲学という、誰もが通ったことのある場所を経由するから、挫折を防いでくれる。それでも難解な面はあるが。

國分さんは、暇と退屈の倫理学の結論より過程を重視する。読者が、パスカルやハイデッガーなどの哲学と向き合い、組み合った経過こそ暇と退屈の倫理学なのだと説く。だから本書には100人の読者の100通りの読み方があろうし、自分は中でも定住革命に惹かれた。

標識というか、地図というか。本書はあくまで、暇と退屈の倫理学へ誘なうきっかけでしかない。そういう「目的地」ではなく「旅路」を大切にしてくれる本自体が貴重だ。

本書をきっかけに思い出した本がある。「羊飼いの暮らし」である。英国の伝統的羊飼いの家庭に生まれた筆者が、大学教育を経て羊飼いの家業を引き継ぐ。

暇と退屈の倫理学では、現代の気晴らしが消費社会と結びつき、ある種退屈を「楽しみ切れない」現状が描かれた。その出口を求めるとカルトや狂信的思考にも陥りがちなのだが、そうではない、平和的な「大きな物語」として羊飼いの暮らしが思い浮かんだ。

羊飼いの筆者は、羊飼いという「大きな鎖」の一部になったと自覚し、自分という存在の小ささに拘泥しなくなったという。そのような方法で、退屈が内心に投げかける「このままでいいのか?」という声は飼い慣らせるのかもしれない。

もちろんこれもまた、結論ではない。私の暇と退屈の倫理学は、まだ始まったばかりだから。

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