「死ぬ瞬間」が教えてくれたこと(本の感想3)

医師が末期患者にインタビューを重ね、人が死を受け入れるまでの過程を描いた名著「死ぬ瞬間」(エリザベス・キューブラー・ロスさん著)を読みました。「死を受容するまでの5段階」はあまりにも有名です。しかしそれ以上に大切な学びは「死よりも大事な問題を解消することで、初めて死に向き合えることがある」というものでした。

死を受容するまでの5段階

それは次のようになります。

・第1段階:否認と孤立
・第2段階:怒り
・第3段階:取引
・第4段階:抑鬱
・第5段階:受容

致命的な病に侵された人はまず「否認」するといいます。そんな病のはずがない。この医者は何か間違っているのではないか?その思いはやがて「怒り」に変容する。なぜこんな病に自分が見舞われるんだろう。怒りは医師だけではなく、家族や自分自身にも向けられます。

やがて、医師の言う治療を受け入れることで死を回避する「取引」を図るようになります。しかし、それでも死を避けられない。その運命の前に「抑鬱」を迎えます。この抑鬱を否定する必要はなく、その後にようやく、「受容」の段階に到達するといいます。

ポイントは、5段階は「明確に移行しない」ということです。抑鬱段階に入った人は、ずっと塞ぎ込んでいるわけではない。そこでも「怒り」が発露することはある。

むしろ「そういうことはあるもんだ」と患者の感情を受け入れるために活用できると思います。不治の病を告げられて「そんなはずはない」と思うのは自然。誰彼構わず怒りをぶつけるのも自然。そう思えたらいいんだと思います。


死よりも重大な問題はある

本書にはロスさんが実際に行った末期患者へのインタビューが多数収められ、5段階の実例として紹介されています。抑鬱の事例に挙がっていた技術官の男性Hさんの話が、とても印象に残りました。

Hさんは妻との関係に悩んでいました。というのも、妻は大変優秀なビジネスマンで、キビキビした方。Hさんは病に伏した今、妻にとって自分は役立たずな落伍者になったんじゃないかと感じています。ロスさんはHさんの状態をこう記述します。

彼の話を聞いているうちに、彼には悲しみがありすぎて、これ以上悲しみを抱え込むことはできないのだということがわかった。だから彼は、いちばん重要な対話を、これまでだれともしてこなかったのである。そういう対話があれば、彼の心にも安らぎが生まれていただろうに。(P186)

すでに悲しみを抱え過ぎた心は、死を受け入れるスペースがない。「死よりも重要な問題」が解消されない限り、死を受け入れられない状況があるということです。

このあと、ロスさんはHさんの妻と対話を試みます。妻の期待を裏切り、迷惑ばかりをかけているとHさんが感じていることを妻に伝えます。それを聞いた妻は…。とても胸を打つ展開でした。


次におすすめの本は

「急に具合が悪くなる」です。まさに致命的なガンに侵された哲学者・宮野真生子さんが、人類学者・磯野真穂さんと往復書簡で対話するという内容。生きるとか死ぬとか、複雑なものを複雑なままに受け止める、どうにも言葉にならないものを言葉にしていく作業の繰り返しで、読者もまたぐるぐるした感情に巻き込まれます。


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