見出し画像

いくら引越ししても、本棚にあり続ける9冊

引越しのたび、買いすぎて増え過ぎた本を処分せざるをえません。でも、毎回新居で本棚を再構築すると、いつもそこにあり続ける本がある。背表紙を眺めると、パラパラと中を開くと、大切なメッセージが思い起こされる。そんな、自分にとって掛け替えのない9冊を記録してみます。

イノベーション・オブ・ライフ

「イノベーションのジレンマ」で有名な故クレイトン・M・クリステンセンさんが「良い人生の送り方」を主題にした本。問題設定は「ハーバードビジネススクールを卒業して、社会的成功を手にしても、犯罪や家庭の崩壊に直面する人がいるのはなぜか?」というもの。成功の獲得と人生の幸福がイコールでないなら、後者をどうやって守るのか、養うのか、ということが語られます。

なぜ本書が面白いかと言えば、「良い人生の送り方」を経営理論の応用によって語るからです。たとえば、「資源配分のパラドクス」。これは「営業マンが長期的に利益をもたらす商品の存在を認識していても、現在の利益に直結する商品を売り込んでしまう」というような現象を指す。

クリステンセンさんは、人生においても「資源配分のパラドクス」が起こると指摘します。子育てよりも目の前の仕事を優先してしまう。子どもの成長が実りとして実感できるのは10年後に対して、会社の昇給は半期や1年でやってくる。でも、この繰り返しが企業の硬直化と衰退を招くように、家庭に歪みを生んでしまう。

成功と幸福は別物でも「仕事のための理論は、幸福になるためにも応用できる」ということ。仕事そのものではなく、そこから学べる「理論」と「応用」に着目すること。そんなことが大切だと思い出させてくれます。


グアンタナモ収容所 地獄からの手記

著者のモハメドゥ・ウルド・スラヒさんは2002年、米国に拘束され、グアンタナモ収容所に移送された。本書は05年にスラヒさんが執筆した手記をライターが入手し、出版。日本では15年11月20日に初版が発行されています。

衝撃的なのは、検閲によって真っ黒になったページがそのまま掲載されていること。たとえば337ページ、尋問官とのやり取り。

「●●●(←黒塗り)を受けた経験はあるか?」
「はい、あります!」
「では、●●●は理解しているね」
「そう思います」
だが、いずれにせよ●●●●●●●●●●●●●●●

このあと、黒塗りが4ページにわたって続く。政府が公にしたくないこと。言葉にできないこと。そういうものが厳然と存在すると伝えてくれる。


リーダーシップの旅

「旅」をアナロジーにしてリーダーシップを学ばせてくれる本です。新書なのでさくっと読めるのに、そのメッセージは色褪せることがない。もう10年以上前に買って、持ち続けています。

リーダーシップとは旅である。まず、自らのビジョンを定め、自らが一歩を踏み出すこと。最初は孤独である。しかし、歩みを進めるごとに、そのビジョンを応援してくれる人が現れるだろう。

リーダーがリードするのはまず自分自身である。その利己がやがて利他と一致し、「リード・ザ・ピープル」の状態になる。そこからさらに社会性を帯び「リード・ザ・ソサエティ」に至る。

このメッセージは、働く上での基本姿勢なのではないかと思います。リーダーとは「就く」もの「選ばれるもの」以前に「踏み出すもの」である。リーダーシップは誰にでも開かれていて、誰にとっても必要なものだと思えます。


気流の鳴る音

社会学者真木悠介さん(見田宗介さんの筆名)による本で、単行本が出たのは1977年になります。自分が読んだちくま学芸文庫に収録されたのは2003年。まさに時の試練に耐えてきた本です。

本書の何が面白いかを言葉にするのはむちゃくちゃ難しい。いまめくり直しても、ただちに要約できない。でも、最初に真木さんの言葉に触れた時の「浮遊感」はありありと思い出せる。高い視座、社会や常識を俯瞰してみるってこういうことかと「実感できた」ことは覚えている。

内容は、メキシコの呪術師の教えを現代社会における差別などとリンクさせるもの。呪術師が儀式によってもたらす幻覚の、社会的意味なんかをあぶり出し、その効用を理論化して、言葉で味わえるようにしてくれる。やはり難しい。


映画篇

作家金城一紀さんの連作短編集。いまや作家として以上に「SP」とか「CRISIS」とかドラマの脚本家としての方が有名かもしれない。

表題通り「太陽がいっぱい」「ドラゴン怒りの鉄拳」「フランキーとジョニー」「ペイルライダー」「ローマの休日」という5つの実在の映画をキーにした5つの掌編。金城さんは痛みを負った人、社会の日陰を歩かざるを得ない人を描くのがとても巧み。それぞれの作品の登場人物が、別の作品にも登場する、影響を与える、すれ違う。それって人生そのものだよなと思ったりします。いくつもの短編が連なって一つの本になる面白みを、人生で初めて感じた一冊。


未必のマクベス

オールタイムベスト級の至高の長編小説。帯に、早川書房営業部・Oさんが「本書を読んで早川書房に転職しました」と書かれているけど、大袈裟とはまったく思わないほどには面白い。

会社員中井優一は、出張先のマカオのホテルで偶然会話することになった娼婦から「あなたは、王として旅を続けなくてはならない」と言葉をかけられる。ここから、中井はシェイクスピアの「マクベス」に重なるような数奇な運命に巻き込まれていく。望んでいないのに、悲劇を演じさせられる。「未必のマクベス」というタイトル通りのミステリー小説です。

物語そのもの、文章、描かれる風景、人物の言葉、そして書影にいたるまで、何から何まで美しい。「この物語の世界にずっといたい」と思える作品です。


羊飼いの暮らし

2018年にハヤカワ・ノンフィクション文庫から出た本ですが、これからずっと持っていることになりそうだなという名著。オックスフォード大学を卒業後、故郷に戻って伝統的な羊飼いの暮らしを続けるジェイムズ・リーバンクスさんのエッセイです。お気に入りは、この一節。

私は共有のフェルを利用する牧畜業者のひとりであり、歴史の浅い小規模な農場の運営者にすぎず、長い長い鎖の小さな輪でしかない。おそらく一〇〇年後には、私が羊を山で放牧していたことなど、なんの意味もない事実になる。きっと、私の名前を知る者は誰もいなくなる。しかし、そんなことはどうでもいい。一〇〇年後もファーマーたちが同じフェルに立って同じ仕事をしているとすれば、そのほんの一部を作り上げたのは私なのだ。いまの私の仕事が、過去のすべての人々の働きの上に成り立っているように。(p396-397)

自分の仕事も、長い長い鎖の小さな輪になれるように。と思います。


愛するということ

忘れがちだけど、忘れちゃいけないことが書いてあります。作者は「自由からの逃走」でおなじみのエーリッヒ・フロムさん。本書の根幹はズバリ「愛することは技術だ。自らの意思で与えることだ」です。

「技術」という言葉は現代語的な「テクニック」を意味しません。そうではなくて、「愛は状態ではない」「愛は受動ではない」「愛はテイクではない」ことを複合的に内包しています。肯定文に置き換えると「愛は学び生み出すもの」「愛は能動的なもの」「愛はギブ(与えるもの)」ということ。

実はこの定義はフロムさんの「自由論」と深く結びついている。つまり、受動的な愛、相手や社会から受け取ることを前提とした愛は、「駆り立てられているもの」であって「自由ではない」。自由であってはじめて、愛が成立するということが根底にあります。厳しい時代を生き抜いた彼だからこそ、愛と自由は不可分なんだなと思います。


OPTION B

ラストはフェイスブックCOOシェリル・サンドバーグさんの本。「イノベーション・オブ・ライフ」同様、本書のテーマはビジネスではありません。サンドバーグさんが最愛の夫を亡くした経験を記し、さらに心理学者との対話を通して「最悪の状況から生き直す力=レジリエンス」を学びます。本書自体が、夫なき世界におけるサンドバーグさんの「オプションB(次善の策)」を描いている。

レジリエンスとは「悲しみを乗り越える」こととは少し違う印象を持ちました。むしろ、悲しみと共に歩く力。悲しみに立ち止まらず、かといってそれを置き去りにせず、歩いていく。「オプションB」の言葉通り、Aの道が立たれたときに、Bの道を見出し、恐る恐る歩いていく力。

つまり、見方を変える。状況は絶望的でも、頭の中を変えてみる。たとえば本書の冒頭には、「3つのP」という理論が出てくる。挫折や悲しみを「自分が悪いからこうなったんだ」と感じる「自責化(Personalization)」。その悲しみが「自分の人生全てを悪くしてしまう」と思う「普遍化(Pervasiness)」。そして「悲しみは永遠に続く」と信じる「永続化(Permanence)」。この「3つのP」が絶望をさらに絶望にする。

でも「3つのP」を知れば、「自分はいま3つのPに陥っている」とわかる。「この悲しみは自分ひとりのせいではないし、全部ではないし、ずっとではない」と自分にささやきかけることができる。

本書を読めば、「生き直すこととは、学ぶことだ」と思う。オプションAを失うことが不幸ではない。そこから学び、考え方を少しずつ刷新し、歩き出すことでオプションBが見えてくる。そしてオプションBの先にも、幸福が待っている。そう信じさせてくれる、お守りのような一冊です。



この記事が参加している募集

#推薦図書

42,486件

万が一いただけたサポートは、本や本屋さんの収益に回るように活用したいと思います。