ただ台湾の電車に乗りたいだけなのが良いーミニ読書感想「台湾鉄路千公里 完全版」(宮脇俊三さん)
「時刻表2万キロ」などの著書があり鉄道好きの作家宮脇俊三さんの「台湾鉄路千公里 完全版」(中公文庫、2022年8月25日初版)が味わい深かったです。ただただ鉄道が好き。観光地に目もくれず、ひたすら台湾の鉄路を乗り尽くした話。それが良い。そのマイペースな筆致の中に、時は1980年、戒厳令下の台湾の姿が浮かんできます。
マイペースだなと微笑んだのは例えばこんな一説。
有名な御来光を「見ないか」と宿の主人に誘われて、「見ない」と答え、また眠った。「いや、紀行文ならそこは『見る』一択では?」と思わず突っ込んだ後、クスリと笑ってしまう。この適当さ、脱力さが著者の魅力です。
「映え」の文化とは対極。「どう見えるか」ではなくて、あくまで自分がやりたいこと(著者の場合は鉄路制覇)に集中する。そうだよなあ、本当のところはこれがいいよなと思わされる。
でも、著者が無感動なわけではないのです。例えばこの一節。
車窓から見える景色、変わりゆく天気、駅弁の味。本懐の鉄路制覇の中にたくさんの幸せを見出すことはできる。
一方で、駅弁は油と香料のにおいがしんどくて、全部は食べられない。これもまた、予定調和でなくて、素晴らしいではないですか。旅に出たら景色も素晴らしくて、天気も良くて、メシもうまい。そんな理想通りの旅「じゃなくていいよね」と思います。それこそが本物の旅だと思い出させてくれる。
これが1980年、過去の台湾だというのも素敵。2022年の私たちは40年前の台湾を訪れることは叶わないけれど、本書を通じて感じることはできる。その幸福を深く味わいました。
つながる本
真っ先に思い出したのは、吉田修一さんの小説「路」(文春文庫)。「ルウ」と読みます。舞台は台湾。しかも、台湾に新幹線をつくる日本商社のビジネスマン(ブジネスウーマン)が主人公です。台湾と鉄道。スコールやスパイスの匂いが立ち込めて、これまた台湾を旅した気分になります。
同じく吉田修一さんのエッセイ集「泣きたくなるような青空」(集英社文庫)も、旅気分を味わえる一冊。航空機の機内誌に連載していた旅行記(紀行文)をぎゅっと凝縮したものです。
感想はこちらに書いてみました。
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