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この本に出会えてよかった2020上半期

2020年1-6月に読んだ本の中から「出会えてよかった」と思える10冊を紹介します。昨日までの世界が一変し、文字通り閉じ込められた日々。その中で光を見出したり、小さな幸せを探すために、本はたしかな手がかりとなってくれました。家でじっとしている時間が長かったからこそ組みあえた超大作もあった。世界にはまだまだたくさん、素晴らしい本がある。


①深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと

著者のスズキナオさんは「小さなこと」に幸せを見出す天才。穏やかな島をちょっと迷いつつ散歩すること。友達の実家でラーメンをつくってもらうこと。昼スナックに挑戦すること。なんでもないことに、こんなにもおかしみが詰まっているのかと感じさせてくれる、素敵なエッセイ集。

ナオさん流の幸せの探し方は、まさに今の時代にぴったり。旅行にいけない代わりに、近所を散策してみる。密な場所が怖いなら、家族でダラダラと家でB級映画を観るのもいい。そこには十分すぎる幸せがある。大切なのは、その幸せを(のんびりしつつ)意欲的に探しに行く姿勢なんだ。2019年11月22日初版、スタンド・ブックス。


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②三体Ⅱ 黒暗森林(上下巻)

2020年どころか2020年代、もしかしたら21世紀を代表する小説になるかもしれない。サッカーにおけるジネティーヌ・ジダン、ジャズにおけるマイル・デイビス。名作という言葉には収まりきらず、伝説と言ってもまだ足りない。それほどのSF超大作を自宅にいながら味わえるんだから、今年も十分に幸福です。

第1部が途方もなく面白かったものだから、そのハードルを超えられるのかという懸念もあった。しかし杞憂。軽々と超越し、1ページめくる毎に物語は展開し、どこまで面白くなるのか底知れない。第3部も待ちきれない。訳者の大森望さんらが無事に訳しきってくれることを心待ちにしています。劉慈欣さん著。2020年6月25日初版、早川書房。


③自由の命運(上下巻)

自由とは、独裁国家による「専横のリヴァイアサン」と、アナーキーな「不在のリヴァイアサン」の間の「狭い回廊」に宿る、というシンプルながら力強い歴史観を提示してくれる骨太なノンフィクション。上下巻800ページ近い大作ですが、読む価値がある。家にいる時間が長いことは、重くて持ち運びにくい作品にじっくり取り組むチャンスなんだと学ばせてもらいました。

本書で得られた一番のものは「高く長い視座」。著者のダロン・アセアモグルさんとジェイムズ・A・ロビンソンさんはローマ帝国から現代のアメリカまで、アフリカの部族からナイジェリアの首都ラゴスまで、地理的にも歴史的にも幅広い国家を研究の範疇に含める。そうするとパターンが見え、何度も繰り返してきたことが分かる。そこから蒸留したからこそ、冒頭の理論はシンプルながら堅牢なんだ。高い視座と長い視座を養うべく、学び続けなくてはいけない。櫻井祐子さん訳、2020年1月25日初版、早川書房。


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④サンセット・パーク

ブルックリンの廃屋を「不法占拠」し、都会の片隅でひっそり生きていこうとする若者たちを描く小説。ブルージーで静謐で、でも悲惨すぎない。しっとりとした作品。

物語そのものもふくよかな味わいだけれど、それ以上にポール・オースターさんの紡ぐ言葉が名文。それは、オースターさんが誰よりも物語を愛しているからゆえだと思う。劇中冒頭のこんなセンテンスに表れている。

 少しずつ、欲望を削ぎ落としていって、いまやそれは必要最小限に近づきつつある。煙草の酒もやめたし、もう外食もしないし、テレビもラジオもコンピュータも持っていない。自動車も自転車に替えたいところだがた、通勤距離を考えるとそれはできない。ポケットに入れて持ち歩く携帯電話も同じで、こんなものいますぐゴミ箱に放り込みたいが、やはりこれも仕事に必要であり手放すわけには行かない。まあデジタルカメラは道楽と言うべきだろうが、終わりのない残存物撤去のやりきれなさ、しんどさのなかで、このカメラが彼の生活を救ってくれているように思える。貧しい界隈の小さなアパートに住んでいるので家賃は安いし、絶対欠かせない物以外、唯一自分に許している贅沢は本を買うことだけだ。ペーパーバック、大半は小説で、アメリカ小説、イギリス小説、翻訳小説、だがつきつめて見れば本も贅沢というより必需品であり、読書という依存症については治療しようという気もない。(p8)

決して豊かでない生活の中でも本を手放せない、それも贅沢品ではなく必需品だから手放せない。そんな思いを主人公に抱かせるオースターさんの小説に、物語への愛が溢れないわけがない。柴田元幸さん訳、2020年2月25日初版、新潮社。


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⑤次世代ガバメント

いまここに存在する、インドや北欧の政府・制度の実例をひいて、「小さくて大きな政府」をDIYする方法を模索する本。「さよなら未来」で痺れるパンチラインをいくつも放った、若林恵さんの責任編集。

初版は2019年12月9日で、読んだタイミングもまだこれほど世界が変わる前だったと思う。本書でキーとされているデジタルテクノロジー、オンライン化が、少しずつ現実になる展開には驚くばかりだった。同時に、なかなか旧来的な官僚機構から脱皮は難しい。なぜ難しいのかが本書を読むと見えてくる。日本経済出版社。


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⑥勉強の哲学

学ぶ時間ができて、実際に学ぼうと本を開いても、途方に暮れることがある。こんなに学ぶことが多いのに、自分は本当に何かを「学びきれる」のだろうか?そんな戸惑う自分を優しく包んでくれる毛布が「勉強の哲学」だった。あるいは、広大な知の海に浮かぶ自分を落ち着かせてくれる錨と言ってもいい。

著者の千葉雅也さんが言うには、学ぶこととは現在の安住から離れ、ある種バカになる、気持ち悪くなることだ。もちろんそのままではドロドロと溶けてしまう。だからどこか停止し、自らを再度固定した後、再び学び始めていかなくてはならない。サーカスの空中ブランコのような乗り継ぎこそ、学ぶことの本質だと千葉さんは言う。

何かをしなくてはいけない気がする。変化をしなければ、変化する社会についていけない気がする。でも大切なのは、学び続けるためには息継ぎをしなくてはいけないということだ。もしも学ぶことに疲れたら、本棚に置いた「勉強の哲学」を一瞥し、大きく深呼吸すればいい。2020年3月10日初版、文春文庫。


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⑦パパは脳研究者

2020年は一時中断したブログ(はてな)をnoteに移して復活した。その言動力になったの2冊のうち片方が本書でした。劇的なことが書いてあるわけではない。むしろ、「脳が成長するには入力より出力が大事だ」というどこかで聞いたような話ではあります。

でも著者の池谷裕二さんの語りを聞くとなんだかその気になってしまう。脳研究者の池谷さんが、娘さんの誕生から4歳までの成長を記録する本書。面白いのは池谷さんが娘さんを溺愛していること。傍目に見て尋常じゃない愛の量。一見すると科学度外視な気がするけど、実はポイントポイントで脳科学者池谷氏の顔が現れる。デレデレな池谷さんが「出力が大事で、入力は『分かった気になる』分危険」だと冷静に言うんだから、そうなんだろうなと思わざるを得ない。2017年8月18日初版、クレヨンハウス。


⑧村上春樹の短編を英語で読む(上下巻)

ブログを再開しようと思わされた2冊目は、故・加藤典洋さんの評論集。べらぼうに面白い。村上春樹さんの短編をピックアップし、物語の「底流」にある考え方や、村上作品と当時の世相との関係を論じていく。すごいのは、その作品を読んだことがなくても、評論そのものが面白いと感じられること。書評の真骨頂がここにある。

加藤さんは「文学作品の解釈のコツ」として「仮説をでっちあげること」を挙げている。

(中略)この種の「感動」というもの、「読後感」というものは、けっしてそのままには、言葉になりません。苦労して言葉にしても、現像しないままのネガフィルムを陽光のもとにさらせば真っ黒になるのと同じく、他の人には通用しないのです。そのことをわからないといけない。伝えることは不可能なのだと覚悟しなけなければならない。ですからこれを現像して印画紙に焼き付けるように、別のものに「置き換え」る。それしか方法がない。「でっちあげ」るのです。ということは、これも一種のフィクションです。ここで深淵を一つ「跳ぶ」そのために仮説がいる。これを欲しさせるのは、作品から受けた刺激、感動の強さです。(p188)

評論とは作品の「感動」を印画紙に焼き付けた、「フィクション」である。この変換、跳躍のためには仮説が必要だ。まさに加藤さんの評論は、この仮説が冴え渡っている。

本書を知ったのは本の雑誌社さんの増刊号「おすすめ文庫王国」でした。毎年末にこれを手に取り、年が明けたら本屋に駆け込んで面白そうな本を漁る。2021年も同じようにできたらうれしいな。2019年10月10日初版、ちくま学芸文庫。


⑨ルワンダ中央銀行総裁日記

新書の中から一冊を選ぶなら本書であり、たとえ新書でなくても選んであろう一冊。本書が伝えてくれるのは「困難な環境でどのように自分の仕事へ取り組むか」。経済が破綻直前だったルワンダに派遣された日本人銀行マンの奮闘記。

人によっては腐ってもおかしくない状況。誰がどう見ても苦しい社会。そんなときでも、できる仕事がある。プロとしての務めがある。著者・服部正也さんの背中を見ていると、自分も自分の仕事をしようと思える。初版の発行は1972年6月25日。読み継がれているのが納得できる、珠玉の言葉があります。中公新書。


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⑩戦場のコックたち

どこの本屋にも置いてあって、いつでも手にとれて、読み応えがあって、間違いのない小説。そんな一冊を持っておくと、心の安定剤になると思います。深緑野分さんの長編小説「戦場のコックたち」はまさにそんな一冊。読む本に困ったらこれを読もうととっておいたけど、大正解。

調理を担当する特技兵として、ノルマンディー作戦の最前線に送られた米国人ティム。「コック兵」仲間となんとか生き延び、飯を食べ、日々起こる小さな謎を解いていく。ミステリーであり、青春小説であり、歴史小説であり、戦場小説である。特に最後の戦場小説の要素が、あるときグッと前景に飛び出す。その唐突さと衝撃が、まさに戦争の重さを表していると思う。

とはいえシリアスになりすぎず、かといってポップに走りすぎもしない。この本のちょうどよい歯応えに、ずいぶん救われたことはきっとこの先も記憶していると思う。2019年8月9日初版、創元推理文庫。


下半期も、たくさんの素敵な本に出会えますように。

2019年に出会えてよかった本はこちらです。



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