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「人的資本」の誕生が人類を貧困の罠から飛び出させたーミニ読書感想『格差の起源』(オデッド・ガローさん)

イスラエル系アメリカ人の研究者オデッド・ガローさんの『格差の起源』(柴田裕之さん監訳、森内薫さん訳、NHK出版、2022年9月30日初版発行)が面白かったです。タイトル通り、人類が比類なき経済成長を達成しながら、なぜその成長はデコボコで、地域によって格差が生じているのかを探究する。ジャレド・ダイヤモンドさんの『銃・病原菌・鉄』に通じる問題意識です。

自分はこの「格差の起源」以上に、そもそも人類はなぜここまで発展できたのかという「成長の謎」の解明に知的刺激を受けました。その鍵を握るのは、「人的資本」の誕生だった。


著者は、あらゆる生物は「マルサスの罠」に囚われていたと指摘する。それは「貧困の罠」とも言い換えられる。

農業革命をはじめ、人類が富(食糧)を増大させた時期はいくつもある。しかし、豊かになるとその分、人類は子孫を増やす。そうすると一人当たりの食糧は減り、再び貧困状態に落ち着く。人類は長らくこの罠から抜け出せなかった。

それを変えたのは産業革命だった。でも、なぜ?著者は、飛躍的な技術の発展に伴い、人間が「資本化」し、教育的投資の価値が高まった点を重視する。

(中略)工業化時代に生産過程で人的資本が重要な役割を果たし始めたことだ。この考え方によれば、教育や労働者の技能への投資の重要性は、資本家階級にとって減るどころかいよいよ増し、それは彼らが、自分が自由に動かせる全資本のなかで、利潤率の低下を防ぐカギ握るのは人的資本だと認識し始めたからだということになる。
『格差の起源』p92

支配層である資本家にとって、幾何級的な技術発展に後れを取らないためには、労働者の教育が必要になった。人が「人材」になったことで、ある程度「民」の生活、教育水準を上げる必要が出た。

これが加速すると、子どもを持つ親にとっても子どもへの「投資価値」が高まる。費用も増えます。かくして、子どもは親よりも豊かで快適な生活を送れるようになり、一方で出生率は下がり始めた。「豊かになるほど数が増え貧しくなる」という「マルサスの罠」を抜け出したのです。

気付かされるのは、この人的資本への投資、つまり「人への投資」は、今も勢いをなくしていないことです。むしろ、親にかかる子どもの教育コストはさらに重くなっている。つまり、出生率低下の圧力は今も衰えていないわけです。

「マルサスの罠」を抜け出したからこそ、私たちは豊かな世界に生きている。しかし今度はそれが、日本にとっては未曾有の少子化という新たな困難としてのしかかっている。難しい課題です。

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