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トランプ政権末期に起きていた暗闘–ミニ読書感想「PERIL」(ウッドワードさん・コスタさん)

米国の伝説的記者ボブ・ウッドワードさんが同じく記者のアンドレ・コスタさんと取材、発表した「PERIL」(日本経済新聞出版社)が面白かった。昨年1月6日の「米議会占拠事件」を軸に、その日までに水面下で起きていた暗闘と、その日からのバイデン政権の歩みを克明に記録している。

NHKが占拠事件の特集として「おはようニッポン」で本書を取り上げていたので、手に取った。「読書メーター」をチェックする限り、日本ではそれほど話題になっていないようだけど、かなり面白いし、もっと読まれてほしいなと思い感想を書く面もある。

何がそんなに面白いかといえば、暗闘が凄まじいのだ。トランプ前大統領はバイデン政権誕生ギリギリまで「大統領選は盗まれた」と不正を訴え続け、弁護士や副大統領に働きかけて結果を覆そうと動いていた。本当に想像以上に、口だけでなく手を動かしていたと分かる。

そして波紋の広がりの大きさよ。前代未聞の占拠事件を受けて、中国は米国が本当に不安定になり、中国への侵略攻撃に乗り出すのではないかとかなり警戒していたそうだ。当時の米軍幹部が、中国軍幹部にホットラインで電話し、誤解を解こうと努めていた。

また、ペロシ下院議長はこの米軍幹部に連絡し「トランプ前大統領が本気で中国などに核攻撃実施のボタンを押した時、あなた達は防げるのか?」と本気で問いただしていた。たまげることに、手続き上核ボタンを押す段階で大統領を説得できても、最終決定自体を確実に防ぐ手立てなどないということだった。

こう見ると、トランプ政権末期は米国起点の世界大戦が起こる瀬戸際だったと言っていい。誰もがトランプ前大統領が何をしでかすか分からないと考えていたし、偶発的にでも中国などとの衝突が起こりかねなかったのだ。

もちろん、これは取材に基づき再現された暗闘ではある。しかしながら、かなり迫真性は高いし、現段階で本書が疑わしいという主張もないようだ。

政治的動きには暗闘がある。これは日本の政治的事件にも当てはまるだろうし、「この事件には水面下でどんなやりとりがあり、どんな波紋が考えられるか」という発想は市民の政治リテラシーを高める大切な思考実験なのではないかと、本書を通読して思うのだった。

トランプ前大統領をそこまで狂気に、執拗に駆り立てたものはなんだったのか?本書によると、彼は「強さ」を強調していた。選挙不正の訴えを取り下げることは、弱いことだ。「強くなければ私の支持者は離れてしまう」と彼は再三言っていたようだ。

強いことは良いことかもしれないが、強くあろうと固執することは病理でしかない。これは日本の政治にとっても同じように言えるなと感じた。私たちはもう、強くないかもしれない。そう認めることがスタートになることも、あるのだろう。

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