見出し画像

リンゴはリンゴになればいいーミニ読書感想『777』(伊坂幸太郎さん)

伊坂幸太郎さんの最新長編『777』(KADOKAWA)が面白かったです。殺し屋が主人公で、他にも殺し屋がたくさん登場する「殺し屋シリーズ」の最新作。ぶっ飛んだ設定なのに、真面目で優しいメッセージが忍び込ませているのが心憎い。今回は「リンゴはリンゴになればいい」でした。


直接つながる作品は『マリアビートル』で、その作品で登場した「天道虫」というコードネームの殺し屋が主人公(マリアビートルは天道虫の意味)。幸運を象徴する天道虫ですが、殺し屋「天道虫」はとことん不運だというのが特徴です。

前回は東北新幹線内で多数の殺し屋がかち合う設定でしたが、今回は都内の高級ホテルが舞台。またも、ある種のデスゲームが始まります。天道虫はまたも不運に巻き込まれる。

しかし、天道虫は不運を嘆かない。いや、嘆くのだけど、嘆いた後は「まあ仕方ないか」と飄々と向かっていく。

たとえば、天道虫が敵対する殺し屋とエレベーターを出た直後にかち合う場面がある。「会いたくないな」と思った相手です。だけど天道虫は「自分にはきっと、起きてほしくない不運が起きる」と確信しているので、すぐさま相手を仕留めにかかる。相手は「まさかそんな不運は起きない」と思ってるわけですから、不意打ちを食らいます。不運への備へが違うのです。

本作では他にも「一度覚えたことを絶対に忘れられない」特性のある女性が現れる。普通の小説ならこらは特殊技能として、強みとして描かれますが、伊坂さんは「全部忘れられなかったら、嫌なことも頭から離れず辛いだろうな」と想像する。実際この女性は、特性のせいで苦しみ、厄介ごとに巻き込まれる。

不運な天道虫や忘れられない女性が、ひょんなことから出会う言葉が「リンゴはリンゴになればいい」です。リンゴがバラの花を咲かせられなくて、なんなのか。これは、不運を淡々と受け入れる主人公、忘れられない特性に向き合う女性の姿から、にじみ出てくるメッセージでもあります。

伊坂作品はエンタメ、それもかなりシンプルなエンタメなんですが、実は生真面目でもある。こんなストレートに、しかも弱さに寄り添うメッセージをエンタメの中に織り込むのは、伊坂さんしかいない。そしてそれは、とてもありがたいことです。

この記事が参加している募集

#推薦図書

42,486件

万が一いただけたサポートは、本や本屋さんの収益に回るように活用したいと思います。