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大人の男はこれを読むまい
私は読書が好きだけれど、自伝本はあまり好まない。
もともと他人への興味がうすいところへ、その他人の、家系図やら親類縁者やら、職歴やら持病歴やら、移住先での栄光と挫折やらの話を年代順に延々と聞かされても、知ったこっちゃないのである。どうでもいいのである。
仮にも出版物として、自伝というのはいかがなものか、とさえ思う。読者の興味など放っておいて、「うちの親父はたいしたものだ」とか「おれのお袋のオムライスは世界一だ」とか、ずらずらずらずら単なる御家自慢を並べ立てるのである。悲しいことに名のある作家でさえ、自伝となると我を失ったように平気で駄作を書いてしまうのだから、血というものは忌々しい。ましてやどこの誰だかわからない田舎の名士かなんかの素人本となると、才能はないのにプライドばかりがあって「そんなもの世に出すなよ。仏壇にしまっとけや」と言いたくなるものも多い。(なんと今日の私は口の悪いこと。貧血のせいだな)
そんな私が先週、図書館でこの本をなんとなく手にしたのは、どのような運命だっただろうか。
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なかなか古い本だ。田舎のおばあちゃんの苦労を聞き書きした、これも自伝本の類いである。『おらの一生、貧乏と辛抱』なんていう現代離れしたタイトルに心を奪われ、つい読んでみたのだったが、予想外のあまりの素晴らしさに絶句してしまった。感想など言えない。絶句だ。
これまでに日本中でどれだけの人がこの本を読んだだろう。それなりに読まれたとしても、読者のほとんどが女性なのではないだろうか。男性がいたとしてもそれは「子供の頃に学校の図書室にあったからちょろっと読んだ」とか、そんな程度なのではないかーー。
大人の男はこれを読むまいよ。読んだふりまでしか出来まいよ。男という自分の正体を突きつけられて、直視できるものはおるまい。逃げずにはいられまい。
この「さつよ媼」の足元に遠く及ばないヘタレの私は、ただただ、この本が世界中にバラまかれたらいいのに、と願うばかりである。家庭にも、職場にも、学校にも、病院にも、貧しい人にも、金持ちにも、加害者にも、被害者にも、死んでゆく人にも、生きてゆく人にも、これから生まれてくる人々にも。
この本が世界から消えることのないように。
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