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兄とふたりで薬を飲み干した日

 私は子供がいないから、今の時代はどうなのか知らない。昔は子供用の液体かぜ薬というのがあって、我が家の冷蔵庫にも小児科で処方してもらったものが常備されていた。
 小鳥の模様が付いたボトルに、ピンク色の液体が入っていて、だいたいキャップ1杯が1回分の用量だ。味は、甘くて苦い。駄菓子屋に売っているいちばん不味いジュースに似ている。

 
 この液体かぜ薬を丸々ボトル1本、兄とふたりで空けてしまったことがある。3~4歳だろうか。あのときに死ねていたらよかったのに、ーーそんなことを今でも考える。


 原因は空腹だったようだ。昭和50年代頃のことで、日本はすでに飽食の時代をむかえていた。どこの家の子供もスパゲティやらハンバーグやらピザトーストやら、食べ過ぎといえるほど食べているときに、両親が共働きで、事実上の軽いネグレクト状態にあった私と兄は、毎日お腹を空かせていた。

 たまたま保育園がお休みだったり、ベビーシッターの都合がつかなかったり、そういった様々な要因が重なり、意図せず危険な状況が生まれてしまうことがある。大人のちょっとした油断が、怠惰が、無知が、子供を死神に触れさせてしまうような瞬間がーー。


 その日は、昼にいったん父が職場から戻ってきて私と兄にお昼ごはんを食べさせることになっていたようだ。だが父が帰ってきたのはいつも通りの夕方であった。「忘れてた」らしい。

 ーー「お腹すいただろう?」
それに対し、兄がこう答えたそうだ。
「おくすりをのんだからだいじょうぶ」


 私も兄も、何かを奪い合うタイプではなかった。ふたりとも遠慮がちで、隠れて自分だけ得をするということが出来ないのである。それでこのかぜ薬も、ふたりできっちり分け合ったようなのだ。キャップで交互に一杯ずつ。もう一杯、もう一杯、もう一杯・・・。
 そんなものでは空腹は埋められないが、子供ながらに「薬を飲めば生き延びられる」と思ったのだろう。


「ひゃー、あぶなかった、あぶなかった。考えてもみろ、これがもしも欲深い兄弟で、相手に内緒でひとりで1本飲み干してしまってたら、死んでたぞ」

 父は何度となくそう言って、自分の過ちを兄弟愛という美談として印象付けようとした。父は謝ることの出来ない人だった。「ごめん、ごめん」と冗談ぽく笑うことはあっても、それもちゃんと謝らないための手段であって、つまりは反省が出来ないのである。自分の非を認められないのである。間違いを犯してしまったときにどうしていいかわからず、いつも「逃げる」のである。

 母はきっと父に激怒したことだろう。あるいは「うんざり」といったほうがいいか。
 ただどうであれ、母も同罪なのだ。私は父によく怪我をさせられた。この、薬を飲み干してしまったときもそうだったが、こういうことで母が私を病院に連れて行ってくれたことは一度もない。発熱や腹痛などの病気と違って、怪我や事故は虐待を疑われたりして面倒だからだろう。通報されてしまうかも知れない。母は優等生タイプで、トラブルなど許せないのだ。汚点が耐えられないのだ。

 
 ーーわからない。
 もしも我が子が薬をオーバードーズしてしまったら、あるいは誰かに殴られて鼻血を出したりしたら、病院に行かずにいられるものだろうか。その日の夜、寝ている間に死んでしまうのではないかと心配にならないだろうか。わからない。私には子供がいないからわからない。いなくてよかったと思う。私には子育てなどとても無理だ。死なせてしまいそうで怖い。


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