土下座のしかた
相手に土下座をさせて「喜ぶ」人間というのは、絶対的な敗者である。何をやらせても一歩先の未来も読めないようでは、誰にも勝てないどころか、おそらくルールも理解できていないに違いない。
実際、こんなことを言う男に遭遇したことがある。
「ニトリの店員がオレの注文を間違えやがってさ、そのせいでオレ引っ越し先で何日もカーテン無しで過ごさなきゃいけなかったんだよ。そんなの絶対に許すわけいかないからさ。もう保証とかどうでもいいから土下座しろっつって、そうさせたんだ。店長が出てきてびゃーびゃー泣いて土下座してさ。まぁ、かわいそうだから許してやったけどね」
「保証」より「土下座」に価値を見出すとは、おめでたい。
そういうバカの頭の弱さにつけ込んで、土下座を武器として利用しているビジネスマンもいることだろう。「してやったり!」なつもりでいるかも知れないが、所詮はゴマすりである。弱い人間の機嫌をとったところで、その場しのぎの保身以外に何が期待できるというのか。
たとえ家族を殺されようとも、土下座にはなんの価値もない。価値があるのは加害者の「更生」である。間違いが正されることである。
そのことを理解しなければ、頭の弱い者同士で「相手に土下座をさせた罪で自分も土下座させられる」という現象を、延々と繰り返すことになる。
それでも人にはやはり、土下座をすべき時がある。腰を折り、額を地べたにこすり付け、生きるために大地にひれ伏さなくてはいけない時がーー。
ズバリ、熊に遭遇した時である。
わが街では毎日のように熊の出没が相次いで朝の散歩も昼の外出も、戦々恐々とした日々が続いている。
一応、傘を持って外に出る。何もないよりは振り回したほうがいいじゃないか。ビギナーズヒットで傘の先っちょが熊の鼻にコツンと当たって、痛がって逃げてゆくかも知れない。
熊の弱点は鼻だそうだ。まぁ、目もそうだろう。他は筋肉の塊である。つまり熊と戦うならばまずは鼻フック、その後で華麗に目潰しをするしかない。ーー出来るか、バカ。
被害に遭わないためには、なにより遭遇しないことが第一だ。早朝や夕方などの薄暗い時間帯は要注意、草の生えている見通しの悪い場所には近づかない、木の上にいないか確認する、雨上がりの霧も危ない。背後に潜んでいる場合もある。
動物の習性として、相手の弱点を突いてくるのが通常だ。ライオンなどもなんとなく獲物を選んでいるわけではない。群れからはぐれた子供や、脚を怪我した個体などを優先的に襲う。
熊は好き好んで他に襲い掛かる動物ではないが、何かをきっかけに戦闘モードに入ったら、戦いを優位に運ぼうとするのは当然だ。もしもあなたが右利きならば、熊は左から襲ってくる。野性動物から見ればあなたの左側はガードが緩すぎるのだ。普段から左後方を振り向く癖を付けておいた方が良い。
遭遇しないこと、周囲への注意を怠らず逃げられる距離で気付くこと、が大事である。それが、しょっちゅう熊に遭遇していても、一度も危ない目には遭ったことのない私の経験則である。(しょっちゅう遭遇するなて)
では、いざ逃げられない距離で鉢合わせしてしまったらどうするか。いきなり襲われたらどうするか。
怪我をすることはもう仕方がない。生き延びるために、急所を守らなければならない。頭、首、腹、そういった(命に関わる)柔らかい部位を動物は的確に狙ってくる。
亀のように丸まって地面に伏せるのが良い。つまり土下座だ。リュックなど背負っていればなお良い。背中や腕や脚を引っ掛かれても、内臓をえぐられたり、首をもがれたりするよりマシだ。熊があきらめて立ち去るまで、死なずに耐えるしかない。
土下座は人間にしてもなんの意味もない。熊に対してするもんである。
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