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土居豊のエッセイ「コロナ以後の読書〜村上春樹読書会と聖地巡礼」第1部 ⒉ 『羊をめぐる冒険』『ダンス・ダンス・ダンス』と羊男ファンたち

土居豊のエッセイ「コロナ以後の読書〜村上春樹読書会と聖地巡礼」
第1部【コロナ前、村上春樹読書会で口角唾を飛ばしで議論し、大笑いしながら打ち上げの飲み会を楽しんだ】


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⒉ 『羊をめぐる冒険』『ダンス・ダンス・ダンス』と羊男ファンたち

(1)羊男はゆるキャラの元祖?


村上春樹の小説の登場人物の中で、一番人気は誰だろうか? 人気投票をすれば、上位を争うのは間違いなく『羊をめぐる冒険』で登場する「羊男」だろう。春樹作品の読書会をやっていても羊男は大人気で、「この謎キャラが意味するところは何か?」「正体は何?」といった話で大いに盛り上がった。
『羊をめぐる冒険』という小説自体にも、思い入れの強い読者が多い。特に春樹と同年輩ぐらいの読者は、リアルタイムで本作を読んで同時代の雰囲気に共感しているようだ。
本作は春樹初の長編であり、作風が全2作と大きく異なっている。春樹の愛読するチャンドラー『長いお別れ』の影響が感じられ、ハードボイルドの作風を現代に蘇らせた独特な世界観となっている。「羊男」は春樹自身にとっても愛着あるキャラにちがいない。なぜなら、『羊をめぐる冒険』の続編である『ダンス・ダンス・ダンス』にも出てくるだけでなく、「羊男」物語のスピンオフ作品として、絵本テイストの『羊男のクリスマス』を書いているからだ。この作品での羊男は佐々木マキによるイラストで、別人のようなかわいいキャラとなっている。
『羊をめぐる冒険』には、おそらく春樹自身が描いたと思しき羊男のイラストまで掲載されている。その絵はいわゆるヘタウマなイラストで、本文の描写にある特徴をほぼ備えている。ここでの羊男は、謎の男性が羊の皮で作った着ぐるみを着ている設定なのだが、これはまさに、現在の「ゆるキャラ」の元祖といえるのではあるまいか。
仮説だが、春樹が創造した羊男というキャラクターがヒントとなり、その後、別の目的や別の意味合いを持つ「ゆるキャラ」が生まれ、21世紀の日本にまで受け継がれた、という想像をしてみたくなる。
読者がなぜ「羊男」という奇妙なキャラに惹きつけられるのか、その謎の答えは案外、現在の「ゆるキャラ」人気と共通する感情にあるのかもしれない。元々は異形の存在であるはずの「ゆるキャラ」に、今の日本人が仮託している心情は、死んだ人々の魂の集合体的な何かである「羊男」と、深いところで繋がっているのではなかろうか。
そう考えると、読者が「羊男」に惹きつけられる理由もわかってきそうな気がする。読書会で再び『羊をめぐる冒険』を取り上げる際は、「ゆるキャラ」との関係について読者たちに問うてみたい。


※「羊をめぐる冒険」にも出てくる、芦屋市のマンション

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(2)『ダンス・ダンス・ダンス』の五反田くんを偲ぶピザ・オフ会も


『ダンス・ダンス・ダンス』は『風の歌を聴け』の続編、シリーズ4作目で、人気キャラ「羊男」も再登場するせいか、愛読者の多い隠れた名作といえる。
印象的な女性キャラである不思議ちゃん系美少女「ユキ」は、現在のアニメ美少女キャラの元祖といえるのではないか。無口な「ツンデレ」で超能力の持ち主である13歳の少女は、刊行当時から多くの読者の心をわしづかみにした。
その一方、『ダンス』は村上作品の中では評価が分かれる長編で、冗長すぎて焦点が定まらない作品だという意見もある。筆者自身も以前は、一見ハッピーエンドだが結末に説得力がない、と考えていた。
ところが、読書会参加者の意見は違った。彼らによると、本作は『ノルウェイの森』よりもリアリティがあり、納得のいく小説だという。特に主人公「僕」の元同級生だったアイドル俳優「五反田くん」と、美少女「ユキ」の人物像がとても印象的なのだそうだ。主要な女性キャラ「ユミヨシさん」が「僕」と結ばれるラストシーンも、説得力があるという。
また、筆者が非常に驚かされたのは、主人公「僕」のような女性関係にだらしない男性像が、女性読者からは意外に好ましくみえているらしいことだ。書評などでの村上作品への代表的な批判は、「ご都合的で男の身勝手な夢物語」という意見なのだが、女性読者からの意見が批判と正反対なのは、村上作品が時代の変化を反映しているということなのかもしれない。
ところで、この『ダンス』の副主人公といえるアイドル俳優「五反田くん」が、正体がばれないようわざと混雑する有名ピザチェーン店にいく場面がある。読書会メンバーの有志が、そのお店への聖地巡礼を企画した。
といってもチェーン店なので、小説に出てきた店舗ではなく近隣の店舗に行ったのだが、それでも小説の場面を味わえる集いとなるはずだった。だが、いざ実施してみるとそううまくはいかない。これも時代の変化だろうか、そのピザ店は昔の雑駁とした感じと全く雰囲気が変わり、静かで落ち着いたファミリーレストランのような店になっていたのだ。
これでは、アイドル俳優「五反田くん」が訪れたらたちまち正体がばれて大騒ぎになってしまう。聖地巡礼してみることで、作品舞台の大きな変化がわかり、そのことで改めて作品に描かれた時代背景を再確認することとなった。


※村上春樹のエッセイで、高校時代に彼女と行ったといわれている神戸市内のピザ店

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(3)「羊男」2作についての、読書会レポートや資料など


【土居豊による、読みの視点】


1)村上春樹『羊をめぐる冒険』について
〈その後の春樹長編の定型となるパターンを確立した〉
「シーク&ファインド(探偵小説の定型)に則る物語」
※春樹自身は、チャンドラー『長いお別れ』からこの形式を学んだ、と述べている。

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土居豊:作家・文芸ソムリエ。近刊 『司馬遼太郎『翔ぶが如く』読解 西郷隆盛という虚像』(関西学院大学出版会) https://www.amazon.co.jp/dp/4862832679/