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土居豊の文芸批評 アニメ・ラノベ編米澤穂信原作のアニメ「小市民シリーズ」第1話をみて (期間限定 無料公開)

土居豊の文芸批評 アニメ・ラノベ編
米澤穂信原作のアニメ「小市民シリーズ」第1話をみて



「小市民」シリーズをアニメにする、というのは、どうしても、同じ作者のアニメ『氷菓』を連想してしまうだろう。どうしても比べてしまうのだが、実際に「小市民」第1話を視聴して、痛感したのは、映像の美しさだ。いくら京アニの技術がすごかったとはいえ、12年前のアニメと今のアニメの制作クオリティの差は、アニメ「小市民」の画面をみれば明らかだ。



もちろん、作品も違うし、制作会社の違いで脚本や演出の方向性が異なる。だがアニメ映像として、圧倒的に「小市民」の方が美しい。むしろ、きれいすぎるぐらいなのだが、それは作品(特に原作の持ち味)の人工的なイメージにうまく合っている。
『氷菓』は、原作にも京アニ作品にも、高山の土地のにおいが濃厚だ。一方、「小市民」は舞台のモデル・岐阜市には悪いのだが、典型的な地方都市であれば別の町でも交換可能な雰囲気がある。
舞台となった高校も、『氷菓』の舞台・岐阜県立斐太高校は、いかにも伝統校らしいにおいだった。それに対して「小市民」の高校は、進学校ではあっても、新設校らしくきれいに消毒されている。どの高校でも、交換可能な感じがする。
作品としても、『氷菓』よりも「小市民」は、明らかにミステリー要素が勝っている。『氷菓』の折木が、やりたくないのに千反田に引き摺られて推理してしまうのに対し、「小市民」の小鳩は、推理したくてしょうがない本性を、なんとか抑え込んでいる。それでも、事件は否応なく小鳩を巻き込み、小佐内を巻き込み、ミステリーの物語が容赦なく発動する。


「小市民」第1話は、原作『春季限定いちごタルト事件』をうまく脚本化しており、この先どうなるか?というところで、ちょうどぶち切られて終わる。これは次回も観なきゃ!と思わせる、うまい運びだ。
原作を読んだ視聴者は、第1話のあの河原の描写をみて、おそらく最新作でシリーズ完結編の『ボンボンショコラ』の風景を思い出すだろう。このアニメ化シリーズが、完結編まできちんと制作されることを強く願っている。
個人的には、『栗きんとん』と『ボンボンショコラ』は劇場映画版2部作にしてほしいなあ。


ところで、原作既読組としては、Xの視聴感想が興味深い。小鳩&小佐内の「恋愛」模様に関心ある派、「氷菓」的な展開を望む派、小鳩の名探偵ぶりを期待派&嫌う両派、など、これは原作読まないままで観た方が楽しめるのかも?と思ってしまった。未読の人の特権、既読組には味わえない楽しみ方だ。
(これらの期待が、はたして…)
小鳩も小佐内も、「そういうのと違う」と第1話ではっきり言明したのだが。
一定数の視聴者には、その言葉は届いていないようだ。


「小市民」のOPは、素晴らしい。作品のビターテイストを、少し柔らかく砂糖衣に包んでいる。この先、物語がどうなっていくかを韜晦しているのだろうか。
一方、エンディングは、なるほど、そうきたか!と。「小市民」の聖地巡礼がはかどるように、とのファンへの配慮?がありがたい。
私自身は、岐阜市に行ったことがなく、今回初めて風景を見たのだが、岐阜市の俯瞰風景は、いかにも地方都市という雰囲気で興味深い。


ここで、ちょっと思いつきなのだが、小市民シリーズヒロインの小佐内ゆきは、誰かに似てると思ってた。それは、浜辺美波が演じる映画『シン仮面ライダー』の、ルリ子と同質だ。
同じセリフ。
「私は用意周到なの」
だ。
小市民シリーズ・小佐内ゆき&シン仮面ライダー・ルリ子、意外とあってるかも?
「静かな闘士」小佐内ゆきとルリ子が、操るのは「根暗な戦士」小鳩とシン仮面ライダー本郷猛だ。
そして、頼りになる相棒として「健吾」と仮面ライダー2号一文字隼人。
「小市民」第1話で、自転車に二人乗りする小鳩と小佐内。
サイクロンにタンデムのルリ子と本郷猛。
どうだろう?



ところで、「小市民」の小市民というネーミングの由来は、『ボンボンショコラ』に書いてある。
本シリーズを私が好きなのは、根暗な2人が戦う物語だから、だ。
かつて自分も、バブル期の狂乱の只中で根暗な学生だった。あの頃の自分に、小佐内ゆきがいてほしかった。
あの80年代なら、主役は小鳩ではなく、健吾みたいな「いいやつ」だった。『氷菓』も同じで、バブル期の物語なら、主役は明るく活動的な福部里志の方だ。小鳩や、折木は本来なら脇役、もしかしたら敵役のキャラだったのだ。

小鳩も小佐内も、「小市民」などと言って、なぜ教室で目立たないようにしてるのか?
そうしないと、いじめられるからだ。
『小市民』シリーズは、本来ならいじめられっ子の立ち位置の2人が、「互恵関係」で共闘する物語。だから、心に深く刺さる。


(この稿、続く)



※土居豊のアニメ関連記事

テレビアニメ『響け!ユーフォニアム3』最終回を残すのみの段階で、一応のまとめ
https://ameblo.jp/takashihara/entry-12857407392.html

土居豊の文芸批評 アニメ・ラノベ編
《「涼宮ハルヒ」エンドレスエイトのアニメは8回も繰り返す必要なかったのでは?》
https://note.com/doiyutaka/n/n7d8c9b0513db

土居豊の文芸批評・アニメ編 映画評『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』
https://note.com/doiyutaka/n/nbeeee99d1f1e

※土居豊の論考へのリンク
【京アニ事件と『涼宮ハルヒ』 本当に小説・アニメが犯行の引き金なのか?:事件裁判の経過を通じてもう一度、小説・アニメ『涼宮ハルヒ』シリーズと京都アニメーション事件の関係を考える】

https://www.jstage.jst.go.jp/article/epstemindsci/6/1/6_53/_pdf/-char/ja

映像メディア時評「京アニ作品の死生観」論 2 
【音楽アニメの死生観~『けいおん!』『響け!ユーフォニアム』の場合】
https://drive.google.com/file/d/1LiQMddCzsAct4Bk_WlSMwxgXbAAkWEDX/view

映像メディア時評「京アニ作品の死生観」論その1【ミステリーアニメの死生観〜『涼宮ハルヒ』とP.A.WORKSの『Another』、そして『氷菓』】
https://www.jstage.jst.go.jp/article/epstemindsci/4/1/4_103/_pdf/-char/ja

『京アニ事件の深層―京アニ事件総論』
https://drive.google.com/file/d/1KAcE6n04c3W726AhAgcMRSUttvPKfVIl/view

『京アニ事件の深層―「京アニ作品の死生観」試論』
https://drive.google.com/file/d/1bz3WOIykQOJUwpssYShbbdp60Ug-jllz/view

映像メディア時評『人文死生学研究会番外編「涼宮ハルヒ」+付記:京都アニメーションお別れの会参列報告』
執筆者
土居豊(作家)
渡辺恒夫(東邦大学名誉教授/心理学・現象学)
三浦俊彦(東京大学文学部教授。専門は芸術学・分析哲学)

https://drive.google.com/file/d/1nLmDGHfDji2Si6u5kduqCCbbsv8OBXgq/view

土居豊:作家・文芸ソムリエ。近刊 『司馬遼太郎『翔ぶが如く』読解 西郷隆盛という虚像』(関西学院大学出版会) https://www.amazon.co.jp/dp/4862832679/