長夜の長兵衛 雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)
海猫渡る
鳥居をくぐると、すぐのところに宮司さんが待っておられた。
金兵衛さん。初雷をききまして、お越しになる頃合いと思うておりました。
金兵衛は深々と礼をする。はい、今年もよろしゅうにお頼み申します。
振り返ると後ろに控えていた一番弟子の銀兵衛と長兵衛に告げた。いっとき、ここで待っていてくれぬか。
ありがたきこと。
祝詞が終わっても金兵衛は頭を垂れたままだ。
脳裏に浮かぶは海原を舞う海鳥。あのかたが、海猫にゆかりの深いあのお方があったからこそ、儂は今でもこうして立っていられる。
だから海猫が渡るこの季節は、己を省みて祓い清めて立ち返って、また道を見定めて。荒波が岩をたたくあの島へ、卵を抱きに鳥が戻ってゆくように。
さあ、
金兵衛は頭を上げ姿勢を正すと大きく両の手を広げ、
ぱあん。
柏手を打った。
澄んだおとが、境内の銀杏の新芽の間を抜けてゆく。
銀兵衛と長兵衛は、そのおとを追って背筋を伸ばす。
<了>
photo AC by Ruro337
島根県経島の画像です
本年の雷乃発声は3月30日~4月3日頃。
遅れながらも続きます!
こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。
お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。