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長夜の長兵衛 雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)

海猫うみねこ渡る

 鳥居をくぐると、すぐのところに宮司さんが待っておられた。
 金兵衛さん。初雷はつかみなりをききまして、お越しになる頃合いと思うておりました。
 金兵衛は深々と礼をする。はい、今年もよろしゅうにお頼み申します。
 振り返ると後ろに控えていた一番弟子の銀兵衛と長兵衛に告げた。いっとき、ここで待っていてくれぬか。

 ありがたきこと。
 祝詞が終わっても金兵衛はこうべを垂れたままだ。
 脳裏に浮かぶは海原を舞う海鳥。あのかたが、海猫にゆかりの深いあのお方があったからこそ、わしは今でもこうして立っていられる。
 だから海猫が渡るこの季節は、己を省みてはらい清めて立ち返って、また道を見定めて。荒波が岩をたたくあの島へ、卵を抱きに鳥が戻ってゆくように。
 さあ、
 金兵衛は頭を上げ姿勢を正すと大きく両の手を広げ、
 ぱあん。
 柏手を打った。
 
 澄んだおとが、境内の銀杏の新芽の間を抜けてゆく。
 銀兵衛と長兵衛は、そのおとを追って背筋を伸ばす。

<了>

 

photo AC  by Ruro337
 島根県経島ふみしまの画像です

海猫は、日本近海のカモメ類で最も多く、別称「ごめ」。本州で繁殖するただ一種のカモメである。春先にそれぞれの越冬地から繁殖地である近海の島にわたる。これが「海猫(ごめ)渡る」という春の季語である。青森県の蕪島、山形県の飛島、島根県の経島(ふみしま)が有名で、これらの場所では天然記念物に指定されている。春のまだ寒い季節に吹く渡る春北風(はるならひ)の中を風を切って低く飛翔している。人間の目線に近い低さでその風を切る音も聞こえそうである。今を生きる為に餌を求め、鳴きながらも、寒さに耐えて野生の命はみんな逞しく生きて行く。

増殖する俳句歳時記 https://www.longtail.co.jp/~fmmitaka/cgi-bin/g_disp.cgi?ids=20160422


 本年の雷乃発声は3月30日~4月3日頃。
 遅れながらも続きます!

 こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
 また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
 長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。



お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。