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長夜の長兵衛 黄鶯睍睆(うぐいすなく)

初音


 断然、わしは白なのだ。冬から春へ向かう気配がきりりとするように思うて。
 安兵衛はそう言いながら木の間を歩く。幼馴染の金兵衛と久兵衛とともに綻び始めた梅の香りを楽しむ。
 だから、白で揃えるように頼み込んでな。
 菓子屋の大旦那、隠居後の道楽はこの小さな梅林。
 とても腕のいいお方であったが、見込み違いというのはおこるのだな。一本だけ、紅なのだ。
 安兵衛はあちらの木の下にいる婆さま、長兵衛、銀兵衛の方に目を遣る。

 うちの爺さまは、木やら花やら、しごする(*)のが達者でしたけん。ここの梅も安兵衛の大旦那さまが声をかけてごされて。こうして咲いて、爺さまもあっちで喜んどるでしょう。
 銀兵衛が相槌をうつ。あの折に直に手ほどきを受けたのが今でも役に立っております。
 おや、初音ですな。
 まだ遠慮がちなおとが、一同の耳をしっかり捉える。
 もう一鳴き。

 わしが紅が好きだったもんですけん。
 婆さまがそう微笑まれたを長兵衛だけは知っている。

 
 <了>
 

pixabay by  mmm_s


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 *しごする
 魚を捌く、意味もありますが、それより広く「作業する」と言った意味で使っています。私のくにの言葉です。
  

 こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
 また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
 長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。

 


お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。