長夜の長兵衛 禾乃登 (こくものすなわちみのる)
鈴虫
拝啓 久兵衛どの
はじめて空を飛びました。
羽だけになったなら、世界はこんなに広かった。
ふらり、風にあおられたのを鳥が捕まえてくれたらしく。雲の濃いところと薄いところがつらつらと行き合い、地上よりずっと早くから秋の仕度がなされていると知りました。なんと浅はかであったことか、季節が来たとあなたに告げているのは、わたしだと思い込んでおったのです。
思い込みはよろしくありませんね。
あそこをたゆたうものも、雲だと決めずに五感を越えてみれば。あれは、気配を変えながら彼方の世界へ向かう、たましい。
鳥の姿が遠ざかっていきます。くちばしからこぼれてしまったわたしは、どこへ向かうのでしょう。
運よく地上に戻れたならもう一度、奏でて差し上げたいのですが、わたしはもう、ただ一枚の羽でしかなくて。
かしこ
鈴虫
お主にこれを託したはどのようなお人であったのか。
姿は見ておりませぬ。
稲の穂先より手が出てまいりまして、とは言えない長兵衛であった。
<了>
Photo AC by ララフォト
本年の禾乃登は、9月2日〜9月6日頃。
こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。
お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。