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長夜の長兵衛 土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)


獺祭魚かわうそうおをまつる

 やわらかな香りが肺腑におくりこまれてゆく。土のよろこぶ気配に触れられるようで、小雨の中、とりとめなく歩を進めるは愉しみである。
 長兵衛は安兵衛の屋敷に立ち寄る。菓子屋の大旦那は書き付けを散らかして考え込んでいる。桜餅の準備をと思うてな。
 川沿いを下っていくと源兵衛の庵。反物屋の大旦那、今は道楽で染め物屋。そこかしこの壺をのぞきこんでは、紅と翠を合わせた絞りを桜の頃までに、と言う。
 お社さんに着いてみると、久兵衛と倅の宗兵衛が幾つかすだれを並べて、宮司さんとあれはこちらに、いやこちらはあちらにと話し合っておる。
 きびすを返してもう一度川に出る。渡ろうとすると石が光る、いや魚である。三匹ほどが無造作に並べられて。
 通りを曲がってふらりふらりしていると、あちらから声が。長兵衛、良いところへ来た、調べものを手伝うてくれぬか。巻物を抱えて畳の上へ並べてゆく、金兵衛のさまは。
 かわうそ、春の狩。長兵衛は独りごちる。

 <了>
 

pixabay by  koktessie0


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 昔の七十二候では、この時期は「獺祭魚」だったのだそうです。
 こちらの記事、日本酒、ではなくてね。


 こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
 また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
 長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。

 


お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。