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恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる #文庫版解説文



 ずるい、こんなの。
 さらりと抑えた筆致に、引き込まれてとらわれてしまう。さっぱりしているのに、離れがたい後味。

 一生の間に感じる恋って、いくつくらいあるのだろうか。
 初恋から数えてみたら丁度、一ダースだった。貴方はいくつお持ちでしょう。
 出逢いはいつでも偶然で、やがて運命に変わっていく。そんなことは滅多にないと、わたしたちは知っている。だから幾つになっても、他人の恋の行方が知りたくなるのかもしれない。
 林さんは言うのだ。
「すべての恋はいつか消える」
 だから、
「存在したはずの恋を書き留めて、この世界に残しておこうと思った」
 と。

 その日のレコードをターンテーブルに載せて。
 お客さんに相応しい一杯をお勧めして。
 カウンターの向こう側で耳を傾けて。
 四季のように、月のように。
 手が触れただけ、一年だけ。
 口紅に託した魔法、絵に閉じ込めた思慕。
 作曲家の本心、バーテンダーの後悔。
 音楽と酒と恋は三位一体。

 ページをめくる貴方の傍にそっと佇むものは何。

 ラストシーンは、レコードではなくラジオから流れる曲にのせて。
 バーテンダーが独立した時、師匠からプレゼントされたワイン。自分の店と歩いた二十年、三十年。その時間で、人は揉まれ、液体は飲み頃となる。
 封印した想い。
「恋は失われる。失われるからこそ、その恋は永遠に幸せの中に閉じ込められる」
 ボトルに閉じ込められたワイン。
 彼女の夢が叶ったことを知り、ひとり栓を開けて祝う。
 おいしかったですか。
 恋も一緒に流れでたりはしなかったでしょうか。

 林さん、この本に載せられたのは二十あまりのお話だけれど、きっと千夜一夜、語ることができるのでしょうね。残りは秘密の小箱の中で、掬いあげられるのを待っている。
 また、聴かせてください。

 あ、ずるい、って、褒め言葉ですからね。
 三度も登場するレザムルーズ、いつか味わってみたいです。


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 林 伸次さんの著書『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる』、文庫版がでるそうです。おめでとうございます。

 その解説文募集にエントリーさせていただきました。


お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。