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長夜の長兵衛 山茶始開(つばきはじめてひらく)

 

留紺とまりこん


 峠の向こうで、日が傾き始めた。この調子なら、かげるまでに帰りつけることだろう。下り坂に差し掛かり、ざ、ざ、と地を踏みしめながら、長兵衛はゆく。忍び込む風が、随分と冷たくなってきた。
 左の手に、大切に抱えている。深い深い、どこまでも深い藍の風呂敷。

 留紺とまりこんというのだと、大家の金兵衛に教わった。もう、これ以上はないというくらいに、染めて染めて、染め抜いた逸品である。金兵衛に頼まれて、掛け軸を隣町まで届けてきたところだ。

 つつがなくお役目を果たしたことを報せに寄ると、飯の匂いに腹がぐう、と鳴る。
 ご苦労さんだったね、長兵衛。めばるのいいのが入ったから、今夜は泊まっておいき。寒かったら、風呂敷を首元に巻いておいでと言ったろう。おや、何か入れてきたのかい。
 結び目を解いた金兵衛の顔が綻ぶ。
 枝の落ちたのがありましたので、そっと持ち帰らせてもらいました。
 藍の中で、山茶花がわらっていた。

 <了>

illustAC  no.24340712


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 みなさまごめんくださいまし。
 長兵衛、新年あたりからと考えていたのですが、ふと気づけば昨日十一月八日は立冬。いい区切りのように思えて、再開することにいたしました。

 
 
 今回の七十二候シリーズは、四百字縛りと決めました。七十二回の七転八倒に、どうぞよろしくお付き合いくださいませ。

 ご贔屓いただければありがたく存じます。



 こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
 また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
 長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。

 


お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。