見出し画像

長夜の長兵衛 土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし)

日向水ひなたみず

 
 峠を下ってくると風が小さく、重たくなる。じい、じいと絶え間ない蝉の声に合わせるように肌が灼くる。
 この夏一番かもしれぬ。地面から立ちのぼる熱がゆらゆらと、やぶりとられた紙切れのように舞っている。むっとするような土熱つちいきれ。
 長兵衛の後ろで、乾いた埃が小さな渦を描いては落ちる。

 ご苦労さんだったね、長兵衛。
 屋敷へ辿り着いて、あずかった書き付けを渡すと、大家の金兵衛が冷ました白湯と梅干しを勧めてくれる。
 さっぱりしていけ、日差しが強い日は、これに限る。勝手口のすぐ脇の軒下に大きな盥。一杯にたたえられた水は、ぬるく温まって行水ぎょうずいにうってつけだ。
 覗き込むと、まるまると肥えた雲が泳いでいる。長兵衛は金魚すくいのようにつかまえては、浴びる。
 
 おかげさまで生き返りましてございます。
 すまぬが長兵衛、残り水を庭に打ってはくれぬか。
 お安いご用にございます。

 お主も、雲を浴びるか。長兵衛が尋ねると、百日紅さるすべりの花が笑うように揺れた。

 
<了>


pixabay by Isverris 


 本年の土潤溽暑は、7月28日〜8月1日頃。
 


 こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
 また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
 長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。



お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。