長夜の長兵衛 桃始笑(ももはじめてさく)
草雛
両手に抱えたものを揺らさぬよう気を配りながら、長兵衛は安兵衛の屋敷へ着いた。
まあ、長兵衛さん、なんといい枝ぶり。
お内儀は顔もとを緩ませて、薄紅の桃の、花びらのひらいたのやら、まあるい蕾やらを交互に眺め、枝先の緑を人さしゆびの先で撫ぜた。
おお、長兵衛。いつもかたじけないことだ。ささ、あがれあがれ。
安兵衛も後ろから手招きする。菓子屋の大旦那、気儘な隠居の昼下がりである。
名物の豆大福と茶をいただいておると、庭石の上に緑色をした饅頭のようなものが二つ、置かれてあるのが目に入る。
あれは何にございましょうか。
枝を生けながら、お内儀が答えてくれる。草雛でございますよ。小さい頃、野山に入っては、こさえたものです。こちらではあまり見かけませんねえ。
床の間をためつすがめつ眺めると、お内儀は踏み石から庭へ降りてしゃがみ込んだ。
安兵衛が破顔する。
草雛に、桃の顔。
長兵衛は湯呑みを置き、庭へ降りてみる。
<了>
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また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。
お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。