長夜の長兵衛 東風解凍(はるかぜこおりをとく)
風待草
長兵衛が風呂敷の結び目を解くのを、源兵衛は面白そうに眺めた。
金兵衛さんは、この留紺をそれは気に入っておいででして。大切なものはこれで運ぶよう、仰るのでございます。
これは私としても会心の染めでしたな。
現れた酒に、源兵衛は破顔した。
長兵衛さん。ちょっとここを手伝うて、そのあと一緒にやりませんかな。
二人は染め物小屋から、隣の庵へ移る。
私はね。色に包まれているのが心地良いのです。だから反物屋を隠居して染め物を始めた次第で。たとえばこの、夜になりきるまえ、ほんのひとときの群青色。濃さの変わっていくありさまは、眺めて飽きることがありません。
美しいと思うた色を、まんまであらわしてみたい。近づいたり遠ざかったり、その繰り返しです。
鼻腔を抜けていく酒の、少しずつ変わってゆくさまを源兵衛は心ゆくまで味わう。
その香りを揺らすもの。
春を連れてくる風。
風を待っている花。
もう梅が咲きましょうや、と長兵衛の声がした。
<了>
pixabay by VY
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また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。
お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。