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長夜の長兵衛 橘始黄(たちばなはじめてきばむ)
常世草
一滴の水も出ぬほど雑巾を絞ると、目に沿って畳を拭く。
支度がはかどって、助かるぞ。久兵衛に礼を言われ、滅相もございませんと長兵衛は手をとめることなくこたえる。お相伴にあずかり、かたじけのうございます。
長兵衛の大家である金兵衛と、久兵衛は幼馴染。住まいも近く、男やもめ同士、度々酌み交わしておる。小宴の準備に駆り出されるは、むしろ愉しみである。
終いに庭へ回り、落ち葉などを掃いて整える。
橙色の夕陽に、鴉が数羽吸い込まれるように戻ってゆく。
みゃあ、と声がする。久兵衛が、かつぶしを混ぜた猫まんまを持ってあらわれた。
かかあは、これが好きであったのよ。
え、と聞き返す間もなく、おおい、参ったぞ、と金兵衛のこえが響く。あがられよ、待ちかねたぞ。
お内儀が好まれたものとは、と、長兵衛は思う。
夕暮れの色であったろうか。
通うてくる猫のほうか。
いや、あそこに実る橘の、少し色づきはじめたあたりやもしれぬ。
<了>
pixabay by dimitrisvetsikas1969
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常世草の蘊蓄
こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。
お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。