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長夜の長兵衛 蚯蚓出(みみずいずる)

車前草おおばこの花

 鳥居の向こうでは風が変わる。
お社さんでは、綻びがつくろわれているような、と 久兵衛きゅうべえは思う。世の中の、己の。そして倅の。
 どうぞ、お願いいたします。
 柏手かしわでを打つ。

 久兵衛さん、どうかなさいましたか。
 いやあ、と久兵衛は頭をかく。宮司さんには、お見通しですなあ。
 礼を捧げておられるのが常ですのに、本日は願いごととお見受けします。
 倅が。宗兵衛が、まかされた建具をしくじったようでして。
 
 宮司さんはすっと腰を落とし、蚯蚓みみずがのったりと這っていく横に、手を伸ばされる。
 毎日、お参りの方が通られますもので車前草おおばこが、よう育ちまして。腹ぐすりに、重宝しております。
 宮司さんは、穏やかな笑みを浮かべてこちらを向かれる。
 いやと言うほど踏まれぬと、育たぬのです。
 
 すい、と風が抜ける。
 差し出された茎を、久兵衛は手にとる。車前草にこんな小さな花がつく。
 やりますかな、久しぶりに。

 長兵衛は手水舎ちょうずやのあちら側から、草相撲に興ずる男たちを見ている。


 <了>


Photo AC by go-kyo


 本年の蚯蚓出は5月10日~5月14日頃。
 遅れながらも続きます!


 こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
 また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
 長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。



お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。