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23.苦手な下り坂

イヌは四本肢で歩きます。おそらくそのせいでしょう、路面の傾きや着肢場所の状況などにより、前後左右どの肢をどこに着地させ、どう力を入れれば上手に歩けるのか、ヒトよりも頭を使って歩いているようにみえます。

平路において、ヒトは、体重を移動させながら、右と左の肢を交互に出せば前に進めます。しかし、イヌは主に後方に蹴り出すことによる推進力で前に進むようにできています。どの肢で推進力を得て、どの肢でカラダを支えなければならないのか、路面の状況により臨機応変に対応しなければならないわけです。

飛び石歩行やすき間のある散策路の歩行

まずは2つの動画をご覧ください。

最初の動画は、池の中の飛び石、二つ目の動画は、ハイキングコースなどでよく見られるすき間の空いた踏み板式の散策路です。踏み外すと落ちてしまいますので、一歩一歩着肢場所に注意しながら前に進んでいます。2つのシチュエーションにおいて、同じように頭を下げ気味にして歩行に集中している様子が観察できます。イヌは、集中して歩く時は頭を下げ気味にして目線を外さないようにしているんですね。

下り階段と下りスロープ

ところで、皆さんは、愛犬との散歩中、下りスロープと下り階段があった場合、主にどちらを選択されますか? ヒトの場合、膝関節が受ける圧力は平路での体重の2~3倍の力に対して、下り階段や下りスロープでは体重の5~7倍の力がかかるとされているようです。平路より階段や坂道の下りの方が負重による膝関節への影響が大きいのはイヌも同じでしょうから、下り階段であろうが下りスロープであろうが、膝への負担はいずれにしても高負荷になるのは間違いないでしょう。階段を下りる運動って何となく衝撃が強く、ヒジを傷めそうで、なだらかなスロープであれば、そちらの方がいろいろと負担が小さいだろう、と思われる方が多いかもしれませんね。

実際はどうなのでしょう?

下記の動物リハビリの専門書2冊が、その問題に触れています。下りスロープは難しいと書いてありますが、下り階段についてはそのような記述は見当たりません。

「……坂道を歩いて下ることは、後肢に支えられた体から前肢を前方へ伸展させるのと同時に、後肢の足根関節と膝関節の屈曲が要求される、動物にとって比較的難しいエクササイズである。
(「犬の骨関節炎におけるマルチモーダルマネージメント Steven M Fox・Darryl Millis著 新井史織・今井彩子・佐野忠士共訳 ファームプレス  2011」)

「勾配を下るときには、後肢は体幹の真下のあたりまで前方にこなければならず、そのために踵、膝、ヒップの屈曲が要求され、上り勾配よりも難しくなる。
(犬のリハビリテーション Darryl L.Millis・David Levine・Robert A.Taylor著 角野弘幸・北尾貴史翻訳 interzoo 2007」

下りスロープでも下り階段でも、その歩行時は筋肉の短縮によるアクセルよりも過度の弛緩を防止するためのブレーキが重要になります。ブレーキ、いわゆるエキセントリック収縮ですね。足根関節と膝関節、股関節の屈曲を要求されるのは、後肢にエキセントリック収縮を生じさせるための必然的なプロセスなのでしょう。ヒトもサーフボードやSUPなどでバランスを崩しそうになったら腰を落としますよね。

肢をほぼ垂直に下ろす下り階段とやや斜めに下ろす下りスロープでは、関節に掛かる剪断力/圧縮力も異なります。……となると、下り階段よりも下りスロープの方が、イヌの肘関節のアライメントに影響を与えやすい、ということになるのかもしれませんね。

下りスロープでの観察とイヌパシーデータ

下りスロープ中のイヌを改めて観察してみましたが、その集中度は少し意外でした。ヒトは緩やかな坂道を下る時、路面に過度に注意資源を注ぐことはありませんが、イヌは頭を挙げることなく歩いていたのです。池の中の飛び石や地面から30㎝程度のすき間の空いた踏み板を歩く時と似たような姿勢と目線です。これまで下り中の犬の心模様などあまり注意深く観察したことはなかったのですが、(四足歩行の)動物にとって(下りスロープが)比較的難しいエクササイズであることを、それとなく示しているような気がします。

それを裏付けてくれそうなデータも取得できました。

イヌパシーを装着!

そのデータは、イヌの心理状態を把握する先端技術を駆使したデバイス「イヌパシー」によるものです。このデバイスは、イヌの心理状態を光るインジケーターが示してくれるものなのですが、スマホのアプリと連動させておけば、4種類の数値の変化も取得できます。
下の動画で、右上に波型のサインが見えると思いますが、これが、今の犬の心模様を光で示してくれるインジケーターです。「リラックス=緑」「興奮=オレンジ」「ストレス=紫」「興味=白」「ハッピー=虹」の5色の光で感情を読み取ることになります。そして下部に並んでいる4つの数字が、それぞれ「心拍数(HR/BPM)」「幸せ度(HAPPY)」「集中度(INTEREST)」「ストレス(STRESS)」を表している数値です。この4つの数字の組み合わせでインジケーターの色が決まります。

装着して下りスロープを歩かせたところ、インジケーターは、下り中はずっと「興味(白色)」、下り切ると「ハッピー(虹色)」を示したのですが、それは「ストレス」の値が驚くような変化をみせたからだと思います。下り中「ストレス」の値は、最高値「100」最低値「19」で平均値は「54」、下り切った後は最高値「19」最低値「0」で平均値は「6」……。

今後、どこかの機会で、多くの犬たちの多様な環境によるデータを取得し、何かしらの傾向をつかんでいければ、いい結果が見られるかもしれません。


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