僕の大事な旧友たち

友達とは何か。ふとそんな事を考えてしまう。

小中高と私は本当に友達に恵まれていた。
正直、友達作りに困ったことはあまりない。

ただ、環境が変わるごとに親友だと思ってた人達との関わりがほぼ0になってしまう現象がある。

今まで長く付き合ってきた友達はいない。
もって3年というところだろう。

だから私は、それぞれの環境(期間)においてそれぞれの深い友達がいた。

このことについてショックだった出来事がある。
私は19歳から4年ほど海外に住んでいた。
私が海外に行く直前の17歳から18歳の期間ですごく仲の良かった友達がいた。
毎日のように遊んで、笑って、喧嘩して、初めてできた親友だと思っていた。
その2人も僕のことを親友だと思ってくれていた。
だが4年ぶりに日本に帰って旧友達と会って遊んでも楽しくない。噛み合わない。何かが違う。

その正体はきっと価値観だ。

良いことか悪いことかわからないが、僕は環境が変わると価値観や考え方が大きく変わるタイプの人間だ。
良く言えば柔軟な人間。悪く言えば一貫性のない人間。
だから前まで仲良くしてた親友達とも価値観や考え方のズレから、性格が合わない人たちになってしまう。

私の周りの人たちはこの感覚が理解できないらしい。

多くの人はこぞって「地元の友達は大事。ずっと仲がいいよき理解者」などと言っているのをよく耳にする。

確かに旧友たちは僕にとってかけがえのない宝物だ。
僕の人生という映画の最後に流れるエンドロールにぜひ、あなたたちの名前を入れさしていただきたい。

それくらい旧友たちを宝物だと思っている。

だが、今の私はとくにあなた達を求めることはない。

たまに、旧友達から連絡をもらうこともあり、もう一度会ってみてもやはり、一度感じた違和感はなくならない。

こんな僕は冷血な人間なのか?
友達を大切にできない寂しい人間なのか?

だから、幼なじみの関係とかいうものにすごく憧れを抱く。

これからもきっと長い友好関係を築くことはないだろう。

ここで勘違いして欲しくないことは、旧友たちは僕の人生において大切な存在だということだ。
旧友たちが今の僕を創り上げてくれたと言っても過言ではないであろう。

だから本当に僕と出会ってくれてありがとう。

あなたと僕がそれぞれの人生を歩みきった後、お互いの空白の時間を語り合おう。
私が今までどんな人生を歩んできたか。
あなたがどんな世界にいたのか。
お互いの見てきた世界を話し合おう。

それが僕の夢かもしなれない。

#友人 #人間関係 #哲学 #人生 #親友





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?