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FEEL EARTH MEMORY

9
実録・フーゾク業界青春物語(ネコみたいだゾ!)
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FEEL EARTH MEMORY #9

FEEL EARTH MEMORY #9

商売相手の都合上、うちの会社は出社が遅い。編集部だけでなく、営業部も販売部も総務部も、みんな昼の12時にやってくる。で、週に一度、朝礼ならぬ「昼礼」を全社員で行なうこととなる。がさがさとデスクを片付けてつくった広場に、総勢80名ほどが後ろ手で円陣を組む。その様子はいかにもブラック企業然とした物々しい雰囲気だ。

円陣の中央には、Vシネで見かけるダブルのスーツを着た「部長」。のけぞるように胸を張り、

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FEEL EARTH MEMORY #8

FEEL EARTH MEMORY #8

編集部に戻ると、ぼくの席にハルが座ってデータ管理部の女と喋っていた。データ管理の女はいかにもすぐにヤラセてくれそうな感じのだらしない体型&顔をしたまあまあ若いやつで、たまに話していると、あれ、これイケるんかなと思わせることもあるのだが、正直なんか臭そうだから敬遠していた。でも、ハルはそんなんお構いなし。女であれば誰でもいい。とりあえず片っ端から性欲全開で声をかけ、ヤりたいと言い続ける。チビだがかわ

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FEEL EARTH MEMORY #7

FEEL EARTH MEMORY #7

あれからどれくらいの時が過ぎたのだろう。気付くとぼくは、薄暗くイカ臭い店の奥に置かれた安っぽいビニールのソファに腰掛け、蝶ネクタイを着けたオールバックのおっさんの唇の動きをみつめていた。にわかには信じがたいことだが、おっさんはまるで、己が生きていることを恥ずかしいとは一度も思ったことがない、というような口調で何かを静かに唱えていた。説教のように捉えることもできなくはないが、恐らくそれは、生まれ落ち

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FEEL EARTH MEMORY #6

FEEL EARTH MEMORY #6

恩知らずな言い方になるが、親から丈夫なカラダを授かってしまったのだと思う。気持ちではもう限界だと思っていても、目に見えるカタチで急に倒れたり、ノイローゼで頭パッカーンとなったりはなかなかしない。

ぼくにとっては「目に見えるカタチ」というのが重要で、そうなってしまえばこっちのもので、周囲からちやほやと心配され、辞職を申し出ても引き止められることはないだろうと思ってた。しかし、ぼくのカラダはなかなか

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FEEL EARTH MEMORY #5

FEEL EARTH MEMORY #5

過去はしんどい。未来はゲェ出そう。だからひたすら今にしがみついて、その今だってすぐに過去になるということは分かってはいるけど、必死にぢっと汗をかきつつ首と目を固定して今しか見えないふりをする。そんな暮らしがおかしくてあなたの横顔みつめてた覚えてますか雨の夜あかちょうちんも揺れている屋台にあなたと行きました。ってかぐや姫の唯一かろうじてゲェ吐かんでも聴ける歌が頭ん中で鳴ってる。だから何? はぁ?

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FEEL EARTH MEMORY #4

FEEL EARTH MEMORY #4

雨はまだ止まない。
頭のてっぺんから水がしたたり、髪の毛が頬にへばりつく。そのイヤな感じをイヤなまま放置し、ぼくは「しめしめ」と内心ほくそ笑む。みじめったらしい姿になればなるほど、通りをゆく人々から奇異な目で見られれば見られるほど、店の奴らも歩み寄らざるを得ないだろうと考えていたからだ。

静かに雨に打たれながら物思いに耽る。
するとまた、まったく馬鹿げたこの仕事にまつわる、まったく救いようのない

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FEEL EARTH MEMORY #3

FEEL EARTH MEMORY #3

のちに伝説として語り継がれる「壁に鼻クソ塗りたくり事件」。全社員を震撼させたこの事件は、毎週恒例の「全体朝礼」において周知された。「全体朝礼」とは、月曜日の出社時刻・昼12時に、約70~80人の全部署・全社員が円陣を組んで集い、指名された幾人かが大声で「今週の抱負」を叫ぶという馬鹿げた習慣のことだ。

ぼくはこういう体育会系の習性を毛嫌いしていた。幼いころから、できるだけそういう場から離れたいと思

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FEEL EARTH MEMORY #2

FEEL EARTH MEMORY #2

脱線してしまった。
雨の御堂筋での土下座の話だった。

御堂筋沿いの西側にあるロイヤルホストの裏、出世地蔵のすぐ近くにあったその店の前で、ぼくは雨に濡れながら突っ立っていた。捨てられた子犬のような哀れな眼をして、まっすぐに店をみつめながら。子犬うんぬんのくだりは、もちろん意識的に演出したものだ。そのほうが効くかなという打算があった。打算なくしてこんなことをしらふでできる訳がない。

ちなみに、この

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FEEL EARTH MEMORY #1

FEEL EARTH MEMORY #1

気付くと、御堂筋のアスファルトは雨で染まっていた。うっすら曇っていた視界はクリアになっていった。ぼくはさっきヤマザキデイリーストアで買ったばかりの菓子折を手に、ああ、誰も知らないどこか遠いところへ逃げ出したいと思いながら、傘を丸めたまま脇に抱えて道端にぼんやり佇んでいた。阿呆のように見えただろうし、現に阿呆そのものだった。

逃げ出すなら温泉旅館がいいなと思った。霧深い山里の旅館で、とりあえずは3

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