「自分探し」をそれなりに考えてみる

カナダの西海岸、バンクーバーという街がある。太平洋を隔てて遥か向こう側には、この日本がある。その近郊のバーナビーという町で、暮らしていた事があった。バンクーバーという街は魅力的だが不思議な街で、半分以上は「アジアに浸かっているような街」だった。実際に香港からの移民が多くて「ホンクーバー」とも言われていたし、バンクーバーの中心街には韓国や日本の食材屋やスーパーがあった。今はなくなったそうだが日本の本屋まであった。

日本から沢山の若者が来ていた。英語が話せない!なんていう子も結構居た。オジサンは若い子が何を考えているのかが妙に気になる。不躾ではあるけれどそこは許して貰って「何でカナダに来たの?」と、気軽に訊いてみたりした。面白い事に多数の回答が同じようなものになっていたのに興味を惹かれた。

「自分探しに来ました」

なるほど。自分探しかぁ。納得するようなしないような。若者に教えて貰ったんだから「自分探し」とやらを、ちょっと考えてみようか。それには自分を「客観視」して「言語化」しなければならない。ちょっと面倒臭いかもしれないが・・・

人生というマラソンを走り、或いは旅に喩えても良いが、良い事ばかりが巡って来る訳では決してない。むしろ、悪い事の方が多いのではないか。昔、小田実という作家は「人生、チョボチョボじゃないか」と言ったらしい。個人的にはこの逸話を気に入っている。生きていればいる程、火消しに躍起になったり防御に走ったりで手一杯になる事がある。仕事でも私事でも。目の前の事を処理するのが精一杯になるのだから、当然、自分を探している暇などない。ありゃしない。そうしていく内に時間は容赦なく過ぎていく。

私も「自分探し」に燃えていた頃もあった。しかし社会人生活で挫折し精神病に罹ってしまって、「自分探し」どころではなくなった。目の前にある厄介事の処理に、膨大な時間を使ったからだ。もっと突っ込んで言ってしまおう。

私は精神科の病棟で入院生活を送った。

運命の歯車がガッチリとハマってしまうように、物の見方がこれを契機にガラッと変わってしまった。生きていればこそ薄々は気付いていたけれど、「自分探し」などバンクーバーへ行った所で、その意味すら分かる筈が無いと知ってしまったのだ。私もそうだったが「自分探し」なる言葉に酔っていただけだったんだ。

若いって素晴らしい。何よりも代え難いし、惧れを知らない。

この齢になっての「自分探し」、それは私が人生の旅なりマラソンを終える時に、分かる事なのだろう。

「人生が二度あれば」という。私の場合は御免被ってこの一生を、何とか棄権せずに走り抜けたい。二度も味わいたいと思えるような人生ではないが。

コロナ禍が収まったら、バンクーバーを旅してみようか。「自分探しに来ました!」という日本人の若者の純粋な声を聞きに行くのも、また悪くはない。


#エッセイ #生きる #カナダ #人生


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