「平服でお越し下さい」という案内に戸惑う中年男

「就職したらば、祝儀不祝儀の服は用意しておくように。」

こう書いていたのは、向田邦子の随筆だった。向田邦子の御父上からの言葉である。年相応に誰しもが、祝儀不祝儀を経験していくものだ。それだけ大人になったという証拠でもあるのだろう。したがって冠婚葬祭の場での振る舞いは、或る程度、濃淡の差はあっても皆が知っている。

つい最近、お付き合いのある組織の御偉方が鬼籍に入られ、落ち着いたタイミングで偲ぶ会を催すのでと出席の御案内を頂戴した。案内状には「供花などは一切お断り致します、当日は平服でお越し下さい」と書いてあった。私も不惑を超えた中年男であり、祝儀不祝儀には慣れているつもりだが、偲ぶ会に出席は人生で初めてである。

結論から言えば「平服で」という表現は、「略礼装で」という意味なのだが、これにも頭を抱えてしまった。勿論、普段、近所へ買い物に行くようなカジュアルな服装で、偲ぶ会へ堂々と行く事は流石にないのだが、さて一体どのような格好をすれば良いのだろうか・・・??考え込んでしまった。会場はホテルの大ホール。調べていくと「婚礼の披露宴を引き受けるホテル」に「喪服」を着て行くのは遠慮すべし、控えよ!と書いてあったりもする。確かにその理屈も分かる。

分からない時にはプロに訊こう。直ぐに私が懇意にしているテーラーへ、事情を説明してアドバイスを求めた。要点が返って来たので、箇条書きにする。

①スーツの色はチャコールグレーか濃紺、喪服や礼服の類は着て行かない。
②白ワイシャツ、ネクタイは黒以外、紺無地か全体的に暗めの色柄のもの。
③革靴は黒のストレートチップ、ポケットチーフは不要。
④全体的に「モノトーン」で固めて行けば、問題ない。

男のワードローブでまず揃えるスーツの色柄は、チャコールグレーか或いは濃紺の無地。これらの色のスーツはアドバイスをくれたテーラーで、どちらの色も誂えていたので、問題ない。白いワイシャツもあるし、冠婚葬祭専用のストレートチップの黒い革靴がある。問題はネクタイだった。

弔事用の黒いネクタイは敢えて使わずに、悲しみを表現するには「ネクタイの色柄」が重要らしいのだが、私自身がそのような場を想定して、持っているネクタイはあまりない。まず言われた紺無地のネクタイ、テーラーや御洒落な御仁にすれば「鉄板アイテム」なのだろうが、私は持っていなかった。とすれば手持ちの中から、最も色合いが落ち着いていて、目立たないネクタイを選ぶしかなかった。数種類のネクタイを並べて、色柄をしっかりと観察し、一番、黒に近いと思われる落ち着いた色柄のネクタイを選んだ。

チャコールグレーのスーツ、白いワイシャツ、黒に近い濃紺に少し目立たぬ柄があるネクタイ、ストレートチップの黒の革靴。会場に入る際には脱いでしまうが、この季節に羽織るのは黒のコート。

このような格好で私は偲ぶ会に参列し、無事に家に戻って来た。恥をかかずに済んだし、勿論、会場で浮く事もなかった。

最近では弔事の中でも、このような「偲ぶ会・お別れの会」というスタイルが増えているらしい。いずれにせよ、生けとし生きる者が「旅立った者の思い出」を偲びつつ、御遺族に改めて弔意と慰労の気持ちを伝える場なのだから、しっかりとした服装でその場所には立ち会った方が良いのかもしれない。それは「スマートな大人」だからではなく、「しっかりと礼儀作法を心得ている大人の嗜み」だと思われてしまうだろうから。

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