見出し画像

【論文紹介】 ネズミにも方言がある!? ネズミの鳴き声を機械学習にかけてみた話

今回紹介したい論文はこちら。
Cultural transmission of vocal dialect in the naked mole-rat
(ハダカデバネズミの方言の文化的な伝播)
これは「ネズミにも方言があるかも!」という論文です(以降でしばしば、ハダカデバネズミを単にネズミと呼びます)。
先日、友達とやっている論文紹介の会で発表したので、ここにメモしておきます。

この論文はネズミの言語に関する話ですが、ヒト以外の言語の研究は元々このハダカデバネズミでもやられていましたし、他にもゼブラフィンチという小鳥や、サル、コウモリ、クジラなどで研究が進められていました。
それぞれの動物にそれぞれの面白さがありますが、今回のハダカデバネズミにおける面白さの一つは"社会性"です。

ハダカデバネズミは真社会性という社会性をもつ動物種で、一匹の女王とその配下たち(と数匹の生殖可能な雄)で構成されます。ちょうど女王アリと働きアリの関係と同じです。
そうした社会性をもつ中で言語がどんな特徴を持っているか、というのは非常に面白い研究テーマです。

このハダカデバネズミの言語に関する知見として、まず彼らの鳴き声は10種類以上に分類できることが知られていました(参考12)。
その中でも今回は彼らの挨拶の鳴き声に注目しました。この鳴き声は論文中でChirp(日本語でいうチューチュー)と表記されています。この記事中でもChirpという言葉を使います。
ネズミはこのChirpを聞くと、自分も同じくCharpで返事する習性があります(参考3)。ちょうど私たちが「こんにちは」と言われたら「こんにちは」と返すのと同様です。
余談ですが、この辺りの研究は日本だといま東大や理研で研究している岡ノ谷一夫先生が専門としていて、先ほど挙げた参考文献3も岡ノ谷先生の論文です。興味があればHPを覗いてみても面白いかもしれません。

さて、今回の論文では、4つの国の研究機関から得られた計7つのネズミ集団(コロニー)を対象に、鳴き声の音声計測をしています。それぞれのコロニーがそれぞれの社会を構築していて、その間でどのくらい鳴き声が違うのかを解析したわけです。

「余談:国家横断的な研究、実験用の音声機器」
ここでまた余談が2つあって、まず国をまたいでの研究は大変そうだな〜と。それぞれの国にはそれぞれの法律がありますから、実験動物の取り扱いも変わってきて、それぞれで許可を取る必要があります。論文中でも、今回の実験プロトコルは各所できちんと許可をもらっています、という旨が書かれており、呑気にも「あ〜大変そうだな〜」と思いました。

また余談の2つ目として、音声計測に使われたマイクがゼンハイザー製のものでした。生物系の実験ではよく顕微鏡を使いますが、顕微鏡はニコンやオリンパスなど、カメラで有名な会社のものが頻繁に使われます。ただ実験用の音声機器に関しては全く知識がなかったので、日常的にはイヤホン等で有名なゼンハイザーの製品も使われるんだなと驚きました。
他の文献をいくつか見ると、あまり統一されていない印象でした。用途ごとに使い分けられているのかもしれませんが。

話を戻して、この論文の最も主要な部分は、そうして複数のコロニーから録音した鳴き声を機械学習で分類したことです。
音の高さや高さの変化のさせ方など、鳴き声の特徴を8種類計算して、それらを機械学習に通すことでそれぞれの鳴き声がどの個体のものか、あるいはどのコロニーのものか等を分類したのです。

ここで使われた機械学習はランダムフォレストと呼ばれる手法です。これはちょうど性格診断チャートのように、各特徴に当てはまるかどうかに答えていくと上手く分類できるような機械学習手法です。より正確には、そのような手法を決定木と呼んでいて、そうした診断チャートをランダムに何個も作ってそれらの結果をまとめて扱うのがランダムフォレストです(参考記事)。

画像1

で、実際に鳴き声を機械学習で分類できるか調べたところ、70%前後の正答率でどのコロニーの鳴き声かを識別できたのです!
つまり鳴き声には、コロニーごとの特徴がありそうだということで、これがタイトルにもある「方言」というわけです。
ちなみにどの個体の鳴き声かもやはり70%ほどの正答率で識別できました。
個体ごとの鳴き声にも特徴があるんですね。
確かに私たち人間も、方言もあれば、人それぞれに声の特徴とか話し方の特徴があります。ハダカデバネズミもそれと同じようなことなのでしょう。

ではネズミの鳴き声はコロニーごとにどんな違いがあるでしょうか?
その手がかりを得るために、先ほどの機械学習において、どの特徴量が分類に重要だったかを分析しました。
各特徴量の重要性は、決定木における情報利得(information gain)というものを使うと分析できます(参考記事)。
情報利得とは、1つの選択肢(例えば鳴き声の高さが4.5kHzより高いか)によって、どの程度分類が進んだかを計算したものになります。
情報利得が高ければその選択肢によってより明確に分類でき、低ければあまり分類には貢献していないことになります。
ある特徴量を使った全選択肢でどの程度の情報利得を持つのかを計算することで、各特徴量が全体として分類にどの程度貢献しているかがわかります。
この解析を行ったところ、音の高さと、鳴き声の最初の音と最後の音の高低差(文献中では"非対称性"と呼んでいます)が機械学習での分類に重要だとわかりました。非対称性については下の図をご覧ください。

画像2

ここまでは機械学習での分類に音の高さや非対称性が重要という話でした。では実際にネズミもその2つの特徴によってコロニーごとの方言を聞き分けているのでしょうか?
それを調べるために、ネズミの鳴き声に似せた合成音を作りました。同じコロニーのネズミの鳴き声(chirp)には同じくchirpで返事をしますが、音の高さと非対称性について実際の鳴き声を真似た合成音に対しても、ネズミはchirpを返しました。しかし音の高さを変えたり、音の高さはそのままで非対称性を変えたりすると、ネズミはその合成音に対してあまり返事をしなくなりました。これは同じコロニーの鳴き声ではないと判断したと解釈できます。
以上から、同じコロニーの鳴き声かどうかを判別するために、音の高さと非対称性の情報をネズミが実際に使っているのだろうという可能性が高まったわけです。

さて、最後にこの論文で調べられたのは、この方言の文化性についてです。もしも方言がそのコロニーの中で生活するうちに身につくもの、つまり後天的なものであれば、幼い頃に別のコロニーに引っ越ししたネズミは引っ越し先の方言を使うはずです。
まさにそのような実験を行ったところ、ネズミは生まれて数週間以内に生まれのコロニーとは別のコロニーに移されると、その移された先の方言を使うようになることが分かりました。
人間でいうと、生まれは東京だけど物心ついた頃には大阪に引っ越していたから、自然と関西弁で喋るようになった、という感じです。
ネズミも育った集団内の文化に適応するのですね。

また最後に、この方言の形成に女王ネズミが一役買っているかも、という可能性が示されました。
今回実験に使用したコロニーの1つで、女王が2度も不在となったケースがありました。出産に伴って命を落としたり、出産後に雄から攻撃されて致命傷を負ったのだそうです。
不幸なケースではありますが、ただこの状況だからこそできた実験もあります。それは、女王のいない時期といる時期での方言の違いの解析です。
そうして同じコロニーで女王のいない時期の鳴き声といる時期の鳴き声を比較した結果、女王のいない時期の方が鳴き声の特徴が個体ごとにバラついていた可能性が示されました。
データに誰の目にも明確な差があった感じではないので議論の余地はありますが、いくらか女王が方言の統制をとっているのかもしれません。もしくは各個体が女王の鳴き声を真似することで皆同じように鳴いていたとしても、女王が鳴き声の統一に貢献することになりますね。
この辺りは今後の実験に期待です。

以上が今回の論文の主な内容になります。
どうでしょうか、もっとここが知りたい!と思ったことなどはありましたか?
今後への期待としては、最後の女王による方言の統制に関して、方言がどう形成されていくのかは是非知りたいですね。
また今回解析した鳴き声は挨拶であるchirpだけなので、他の鳴き声に方言があるかどうかも見てみたいです。
chirpはハダカデバネズミの鳴き声で最も多い鳴き声らしく、そのためデータが取りやすかったから今回の解析対象になったのだと思いますが、用途ごとに方言の有無に差が出るのか、他の言葉の方言もまた音の高さと非対称性が重要なのか、など興味深い疑問はたくさんあります。
続報に期待しましょう!

最後に、ハダカデバネズミを見てみたい方は、Youtubeに動画がありますので是非見てみてください。なかなか可愛いですよ(^^)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?