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工学部 大学院生へ 〜 研究室運営を意識しよう 〜

大学院の1年生になったら,いよいよ自分自身の研究のスタートです.学部4年生の時は,院生の指示の下,実験補助やデータ処理,プログラミングのお勉強が主なタスクだったと思います.大学院は,4年生の時に,いかに自分ごととして様々なことを習得したかが,もろに反映される2年間となります.大学院生だけでなく,大学院に進学すると決めている学部4年生も,自身が所属している研究室を運営するという意識で取り組むと何事もうまくいきますので是非心がけて下さい.

<研究室運営のお品書き>
 1.設備管理台帳,ソフトウェア管理台帳,Hint&Tips帳
 2.論文管理
 3.スケジュール管理
 4.予算管理

1.設備管理
 まず,何はともあれ研究室の設備の管理です.コックさんが,様々な調理器具を扱うように,散髪屋さんが様々なハサミを使うように,エンジニアも様々な道具を使いこなせることは,一生を通じての大切な財産になります.工学部に在籍していて最も嬉しかったことは,個人では保有できない数々の設備(ハードウェア,ソフトウェア両方)が利用できることです.高い学費を払った甲斐があるというものです.元を取るどころか,ガンガン使い倒して下さい.ハードもソフトも使われることを楽しみに待っています.
 私は,20年以上,メーカーに勤務して大学との共同研究を実施してきましたが,共同研究先として選定させて頂く際に見ている点は,以下の4つです.
・大学側の研究室のテーマと自社が取り組みたいテーマが合致していること
・過去の実績(論文発表数など)
・設備(ハード,ソフト)の充実度
・学生の質(これまでのお勉強は,学ぶつまりインプットの速さです.研究室で必要なのはアウトプット.だから,自主性やモチベーションの高さ.言い換えれば好奇心の強さ.もし,挫けそうになったら,宇宙兄弟やDr.STONEを読み返してみて.)

 その研究室において,自分だけが特異な研究をしているのでなければ,研究室内においては,似たような研究をしている班が複数あります.ですので,計測機器や実験設備は,供用して利用することになります.まずは,設備のスケジュール管理,そして,メンテナンスが必要です.いざ自分が使う時になって,故障していたり,必要な部品がなかったり,デバイスそのものが誰かが使いっぱなしで,どこにあるか見つからないなんていうのは,時間の無駄でしかありません.
 自分が率先して,設備利用台帳を作成しましょう.設備利用台帳は,研究計画に基づいた実験スケジュール立案を促します.この予約表には,整理整頓やメンテナンスを促すようなチェック項目を必ず用意するようにしましょう.予約表がすでにあっても,それが決して使いやすいものでなかったり,昔の誰かがいかにもイヤイヤ作成した匂いがするものであれば,もっと使いやすく爽やかな感じの良い予約表に自分が作り直しましょう.台帳やノート・メモが発する雰囲気って,非常に大切です.例えば,名前の書いていないノートやプリントが自分の机の上に戻ってくるようになれば本物です.どういうことかというと,入社して10年くらい経ったある時,プレゼンテーションの資料を資料室のプリンターにプリントアウトして,それを数時間ほど取りにいきませんでした.他の会議を終えて,自席に戻ると,なんと机の上にプリントアウトしたプレゼン資料が置いてあるではありませんか.名前なんて書いてないんですよ.私はキョロキョロして,『おーい,誰がこれ置いてくれたの?』と聞くと,入社3年くらいの若手が『すいません.資料室に自分のプリントアウトしたものを取りに行ったら,他にプリントされているものがあって,ちらっと見てみたら,恐らく〇〇さんのかなと思って,机の上に置かせてもらいました.』というではありませんか.私は驚いて,『俺がこのプロジェクトやってるかどうかなんて,知らないよね?』というと,その若手は,『内容見た訳じゃないですよ.表紙とかのプレゼン資料のスタイルが〇〇さんの匂い満載じゃないですか.』と言ってくるではありませんか.私はすまし顔でありがとうと言いましたが,”おおー.俺オリジナルの空気感が出てきたのか”と内心ニンマリしているのは言うまでもありません.現在あるものが全てではありません.お行儀の良い学生が多すぎます.今あるものが絶対に良いとか正しいといった思い込みは,さっさと消して,どんどん改善していきましょう.それは研究室の雰囲気も決して例外ではありません.
 ハードウェアの管理だけではありません.研究室には,色んなソフトウェアもあるはずです.ペイント系,製図系,3Dモデリング,CG,プログラム,エディタ,運動シミュレーション,信号処理,統計,数式処理,ハードウェアや計測機器と紐づいたドライバーなどがあると思います.これらソフトウェアについても,①利用用途の分類,②ライセンス数,③フリー/有償,④ユーザーID,パスワード,⑤更新時期などをまとめたソフトウェア管理台帳を用意して,年間どれだけのメンテナンス費が発生しているのか,学生といえども,しっかりと知っておく必要があると思います.そういった設備は,勝手に存在しているのではなく,誰かが必要性を明確にして,予算申請をして導入してくれているのです.1回でも新規導入の大変さを知っていれば,絶対にいい加減な扱いをしなくなるはずです.すると誤った使い方や事故というのは,激減します.もし,誤った使い方や,不幸にも事故が起こってしまったら,研究室の経験値という発想で,Hint&Tips帳を作成して,共有の資産としましょう.

2.論文管理
 恐らくすでに,これまでの実績(学外の論文発表など)は,どの研究室もExcelなどでまとめられていると思います.じゃあ,論文管理台帳を作る必要ないねと思ったのであれば,浅はかです.発表年月日だけでなく,内容/ジャンルによっても検索できるか.論文同士のつながりが分かるか.特許との関連はどうか.業界や市場規模に応じた研究開発費配分が見えるかなどなど,学会論文検索のし易さや研究室の方向性,世の中の動向(特許戦略や国の施策)という観点で分析(レーダーチャートや棒グラフが作成)できるようになっているだろうか.そこまで凝ったものを作ろうとすると大変だけど,少なくとも自分が最も興味深い切り口で検索できるようなデータベースが作れたら,それはそれで非常に価値のあるスキルです.
 多くの研究室では,”輪講”といって,1回90分/週に2〜4件の英語論文を持ち回りで読んで,要約発表するということを実施していると思います.これは本気で取り組んで欲しいと思います.英語の言い回しなども大変勉強になります.論文を読んだ人がサマリーを説明して,みんなが疑問点を質問する.図から読み取れたこと,結果考察についてみんなで議論する.そのサマリーをしっかりと資料化して,残していく.これは本当にその研究室全員の宝物です.(私の時代は手書きだったので,非常に面倒でしたが,今ではスマートフォンの音声認識を使えば,発言者はスマートフォンの音声認識Onで意見を述べて,そのテキスト変換されたものを残しておくだけなので,大した労力はいらないはず.)

3.スケジュール管理
 研究室全員が共有するのは,ちょっと憚られる人もいるかもしれませんので,あくまで任意の人たちの間でということになるかもしれません.しかし,リモートワークが増えてきている昨今,Teamsなどのグループウェアで,コミュニケーションをとることが当たり前になってきています.私はできるだけカレンダーやToDoリストは一元管理するようにしています.私の体は1つなのですから.今のアプリはよくできていて,プライベートはちゃんと隠すような機能があります.それすら疑っていたら,すでにインターネット社会から抜け出すしかなくなります.我々はすでに諸刃の剣を携えてしまっているのです.上手く活用するしかしょうがないと思います.少なくとも班のメンバーは,空き時間や進捗状況などが一々電話したりしなくても分かるようにはしておきたいですね.会社に入れば,程度の差はあれ,そのような状況になっているし,なるはずです.上手に使いこなしていくしかないですね.私も最初は,自分のiPhoneに会社のグループアプリを入れたりすることに抵抗がありましたが,Apple Watchとセットで使い始めてから,もう手放せなくなりました.電話やLine,Teamsに対する回答は,即答できるものについては,Apple Watchに表示された文章を読んで,Apple Watchに話しかけて,自動テキスト変換にて送信.煩わしいメールの回答なんて瞬殺です.あとは,ToDoリストにタイマーをセットしておけば,完璧.ただ,意図的にデジタル機器の断絶時間を持つようにして,読書したり音楽を聞いたりリラックスするルーティンをしっかり確立できない人にはお勧めしません.危険ですよ.スマホを使いこなすのではなく,支配されてしまいます.

4.予算管理
 最後に予算管理.社会に出たら,ここが一番重要な項目だとつくづく思います.蕁麻疹がでるほど苦手ですが,やらざるを得ない.どのような設備が必要で,その仕様選定から導入教育・維持管理まで考える.本当にその設備が必要なのか,それが適切な機器/ソフトウェアなのか.導入した暁にはどんなメリットが得られるのか.それは,価格に見合ったアウトプットができる代物なのか.導入タイミングは今なのか.どんな会社でも予算の承認を得るプロセスがあり,その都度,必ず嫌という程,質問責めに遭います.私も最初,自分のお金でもないのに予算管理部門から根掘り葉掘り聞かれて,腹が立つこともありました.でも個人でエンジニアリング会社を経営していることを想像してみました.事業計画を立てて,数多くの金融機関を尋ね歩いてもお金が借りられない.私個人の社会的信用なんてそんなもの.でも会社内であれば,とりあえず関連部門に会議案内を出せば,話だけは聞いてくれて,もしその提案が没になったとしても給料は支払われる.なんで私は文句を言ってるんだ?と思うようになりました.それからは,全くイライラすることなく,予算計画書が書けるように徐々にですがなっていきました.
 ビジネスである以上,長期戦略構想に準じて,適切な時期に相応しい設備を導入して,投資分を回収する算段を意識するのは必須のセンスだと50になって痛感している次第です.すいません.お恥ずかしい限りです.
 学会の年会費や英語論文のネイティブチェック代,出張旅費,国際学会への論文投稿費用など,研究室というのはもやは立派な1つの会社運営のようなものです.設備費に関しても高額な金額ですので,さすがに一学生がその管理をするということにはなりませんが,少なくとも部分的にはそういった支出の大枠くらいは知っておいて,機会があれば,教授の管理のもと,少しでも何某かのお手伝いをするというのが良いと思います.

最後に
 研究室で過ごした日々(学部4年生の1年間,修士課程の2年間,博士課程の3年間の合計6年間)というのは,その後,社会に出てからの私のエンジニア人生の骨格形成をなすものです.まさに『三つ子の魂百まで』ということわざどおりです.
 ここまで目を通してくれた学生さんに,私は何度でも言います.エンジニアは憧れの職業の1つです!
 私がなぜこの記事を書いたかというと,もし就活が上手くいってなくて,しょんぼりしているなら,研究室運営に携わったのであれば,どんな小さなことでも立派なアピールポイントだということを伝えたかったのです.
 がんばって.

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