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フランスの未来を切り開く: Techinnov 2024で見た持続可能性とスポーツテック

はじめに

3月26日にかけて、イノベーションに特化したフランスのビジネスイベント「Techinnov(テックイノヴ)」が開催されました。
Techinnovは、17年間に渡りフランスのスタートアップ・エコシステムを支える、主要なビジネスイベントの一つとなっています。

今年は、エマニュエル・マクロン大統領によって発表された国家投資計画「France 2030」の10のテーマに沿って190社が出展していました。
France 2030は、重点領域における産業競争力の強化と環境・エネルギー移行のための破壊的イノベーション創出のために計540億ユーロを拠出する、大きな投資計画です。(詳細は後述します)

それでは、現地で参加したRouteX Inc.を通じて、当日の様子とセッションの概要をお伝えします。


イベントの雰囲気

RouteX Inc.撮影

今年のTechinnovは、パリの東にある大きな公園 Parc Floral de Parisで行われました。
大自然が広がる中、奥へ進んでいくと大きな会場が見えてきました。

RouteX Inc.撮影

前述したように、会場にはFrance 2030のテーマに合わせた190の出展者と、320のスタートアップやサプライヤー、145の投資家、そして90のパートナーと多くの人々が一堂に会し、非常に活気がありました。

RouteX Inc.撮影

テーマは6つの分野に分かれており、エネルギーと脱炭素、ヘルステック、Tech 2030、フード・アグリテック、デジタルトランスフォーメーション、スポーツテックがあります。

RouteX Inc.撮影

各コーナーでは有識者によるパネルディスカッション用のステージが設置され、大企業や政府関係者も登壇していました。

また、ミーティングスペースでは多くの人が商談や打ち合わせをしており、イベント開始前から8,000を超えるミーティングが設定されていたようです。

RouteX Inc.撮影

次の章から、各セッションのトピックスをお伝えしていきます。

副知事が語るイル=ド=フランスの未来

RouteX Inc.撮影

こちらのセッションでは、イル=ド=フランスの副知事のAlexandra Dublanche氏が登壇しました。

イル=ド=フランスとは首都パリを中心とした地域圏の呼称です。
OECDによると、同地域圏はフランスが生み出すGDPのおよそ3割を生み出しており(2020年時点)、日本だと「首都圏」に近いイメージです。

Alexandra氏は、イル=ド=フランスに期待されている「イノベーションの中心地としての可能性とその挑戦」について語りました。

まず強調したのは、イル=ド=フランスがイノベーションと技術発展におけるパイオニアであるということです。
同氏は、この地域が「ヨーロッパで最もイノベーティブな地域」であると述べ、特にディープテック、ロボティクス、量子技術、バイオテクノロジーなどの分野においては、リーダー的立ち位置にあると述べました。

次に「持続可能性」「パリオリンピック」「研究開発」の3つの観点から、イル=ド=フランスの可能性について言及しました。

持続可能性

同氏は、イル=ド=フランスが重要視する大きなテーマとして、持続可能性(サステナビリティ)を挙げました。
例えば、水没型データセンターや、地域圏での大規模な電気自動車バッテリー製造などに投資しており、この地域がアグレッシブに持続可能性に対して取り組んでいることを強調しました。

パリオリンピック

イノベーションやサステナビリティだけでなく、2024年のパリオリンピックを前にスポーツテックの推進やインフラ改善も指摘しました。
Alexandra氏はこれらを地域経済のさらなる推進力として捉えており、イノベーションを通じてオリンピックを成功に導くことで、国際的な評価をさらに高めることを目指していると述べました。

研究開発

イル=ド=フランスは研究都市としても存在感を持っていることも強調しました。
同地域は、フランスの研究活動の約40%を占めるヨーロッパ最大の研究集積地である「パリ=サクレー」を擁しており、若い世代の科学者や技術者が世界クラスの研究に従事する機会を増やすことによる、知識経済の発展が期待されています。

経済的な側面からは、特に資金調達のニーズや産業の転換に対応するために、公的資金やイノベーション支援の機会を提供しています。

イル=ド=フランスの取り組みは、フランス全体の経済的および社会的発展のモデルとなる可能性を秘めています。

パリオリンピックを控えるフランスのスポーツテック戦略

RouteX Inc.撮影

2024年のオリンピック開催国であるフランスは、イル=ド=フランスを中心にイノベーションを通じてイベントを成功に導こうとしています。
次に、その要となる「スポーツテック」の戦略についてのセッションをご紹介します。
このセッションでは、スポーツテックスタートアップの代表2名とスポーツテックアクセラレーターle packのマネージャー、Bpifranceのディレクターの計4名が登壇しました。

まず、フランスのスポーツテック産業は著しく進展しており、最先端の技術を活用して競技パフォーマンスの向上に貢献していると強調しました。
例えば、AIを用いたビデオ解析技術では、選手の動作をフレームごとに精密に分析し、トレーニングプログラムや、試合のビデオ判定の最適化を図ることが可能です。

このような技術は高等教育機関や専門の研究所の協力により、基礎研究から応用研究へと進むプロセスを経て開発されます。

ことスポーツテックにおいては、研究開発の成果を市場に導入する過程に特有の難しさがあると指摘されました。

例えば、選手のパフォーマンス向上を目的とした製品や技術を開発しても、採用キーマンであるコーチや各選手にはそれぞれの「やり方」があり、既存の練習方法を変更することへの抵抗感やその技術に対する懐疑的な見方を退けなければならず、彼らに行動変容を促さなければなりません。
スポーツ市場に技術を導入する際には、現場でのニーズを深く理解し、それに応じた製品開発・チューニング等を細かく実施していく等、市場プレーヤーとの連携が重視されます。

フランスでは、政府が産業の成長を促進するために重要な役割を担っています。
政府主導で提供される資金支援や、政策による規制の整備、そして国際的な協力関係の構築がスポーツテック振興に深く関わっています。

セッションでは、以上のことからエンドユーザの声と、ステークホルダーとの連携を図ることが、スムーズな市場拡大の鍵となっていると締めくくられました。

フランスのスタートアップとSBF120の戦略的提携

RouteX Inc.撮影

SBF120(フランスの証券取引所における代表的な120の企業)は、急速に変化する市場環境に適応するため、スタートアップとの連携を戦略的な優先事項と位置付け、共同で新しい価値を生み出そうとしています。
実にSBF120企業の約77%が、新たなイノベーションの創出を目指しているとのことです。

ここからは、SBF120に代表されるフランスの大企業とスタートアップ連携について、パネルディスカッションで議論された内容の一部をご紹介します。

まず、大企業がスタートアップと協力する主な理由の一つは、革新的な技術やアイデアを迅速に取り入れる能力にあり、戦略的に社会課題を解決することと指摘されました。

とりわけ現在は環境問題への対応に注目が集まっており、120社中102社がカーボンフットプリントの削減を目指しているとのことでした。
そんな大企業が注目しているテーマは「バイオソース素材の採用」「グリーンエネルギーの創出と利用」「リサイクル技術の革新」です。

スタートアップと大企業の協力は、現代の課題に対応するためには必須であり、政府も後押ししています。

Techinnov2024出展スタートアップから4社ご紹介

Techinnovでは、様々なフランスのイノベーションが紹介されていましたのでその中から4社のスタートアップをご紹介いたします。

Lovenie

RouteX Inc.撮影

Lovenieは、垂直離着陸できる空飛ぶ車を作るスタートアップです。
ゴーカートにドローンの羽根を取り付けたような形をした、軽量設計がなされており、エクストリームスポーツやレジャー用途の利用を目的としています。

2025年9月から2026年6月にかけて(日程未定)、同社主催のフライカーレースが開催されるようなので続報を待ちたいです。

Deeptimize

RouteX Inc.撮影

Deeptimizeは、AIでスポーツのジャッジメントやトレーニング、戦略立案のサポートをするソフトウェアを提供するスタートアップです。

外部から読み込んだ映像を、AIが一挙手一投足3Dモデリングで解析し、行動を記録します。

出典:Deeptimize

例えば選手同士が入り乱れる球技などで、誰がボールを持っているかなどをリアルタイムに追うこともできます。

出典:Deeptimize

すでにフランスの柔道協会など、様々なスポーツ関連団体・企業とパートナーシップを結んでおり、パリオリンピックで実用化の予定です。

PODCALM

RouteX Inc.撮影

AdilsonはPODCALMという職場向けのリラクゼーションカプセルを開発するスタートアップです。

カプセルは心地よいアンビエント照明、落ち着きのあるサウンドスケープ、穏やかな振動を備えており、これらすべてを通してユーザーは疲れた体を癒す事が出来ます。

出典:Adilson

また、ユーザーは専用のアプリからカプセルの予約や、設定を変更することで好みに合わせたパーソナライズも可能です。

Pollen AM

RouteX Inc.撮影

Pollen AMは、ペレット式3Dプリンターを開発するスタートアップです。

多くの3Dプリンターではフィラメント方式を採用しています。
これは、フィラメントの「加熱すると柔らかくなり、冷やすと固まる」という特性を利用して積層しています。
一方同社は、ペレット方式を採用しています。
この方式は、フィラメント方式と比較して造形速度が速く、フィラメントに加工しなくてよいので材料費が安価になります。

出典:Pollen AM

主力製品pam o2 MCはマルチマテリアルにも対応しているので、様々な素材を様々な組み合わせで射出することができ、3Dプリンティングの可能性の幅を広げています。

出典:Pollen AM

おわりに

いかがでしたでしょうか。
最後に、本記事のおさらいとそこから少し掘り下げた内容をご紹介して終わりにしたいと思います。

最初にご紹介したイル=ド=フランスの副知事が登壇したセッションでは、日本の首都圏に相当する同地域の成長戦略が語られました。
特にパリ=サクレー地域では、フランスの研究活動の約40%を占める研究集積地と述べられ、その重要性が説かれています。

元々パリ=サクレー一帯は、1945年以降に原子力に関する研究施設として開発され、フランスのエネルギー産業に大きく貢献した地域でした。イノベーション全体の他国からの遅れが顕在化した2008年以降、複合的な技術の集積地として再開発され、現在までに100億ユーロを超える国家資金が投入されその地域を広げています。
現在では、DeepTechスタートアップを支援するため、インキュベーション施設やオープンイノベーションスペース、大学などが集まっており、地域内エコシステムを充実させています。

次にパリオリンピックを控える、フランスのスポーツテック戦略についてご紹介しました。
フランスのスポーツテック産業は、産官学連携による研究開発と市場導入のアプローチにより、スポーツのパフォーマンス向上や安全性の確保に貢献しています。

同セッションではle packというスポーツテック特化型のアクセラレーターからマネージャーが登壇していました。

le packは、リヨンに本社を構えるアクセラレーターで、これまでに4回のプログラムを実施しています。
特徴は、上述したようにスポーツテックに特化している点です。
同社が主催するアクセラレータープログラムでは、選手のパフォーマンス・栄養管理から、インフラ、AI、Eスポーツまで、スポーツを細分化した各専門のスタートアップを募集しています。プログラムは12か月間に渡り実施され、その中では「スポーツ業界へのコネクション」など、専門的な支援も受けることができます。

出典:le pack

最後に、フランスのスタートアップとフランスの大企業群SBF120との連携をご紹介しました。フランスの大企業は、「バイオソース素材の採用」「グリーンエネルギーの創出と利用」「リサイクル技術の革新」の主軸としてスタートアップとの連携を模索していました。

例えば、2023年にSBF120に名を連ねる自動車メーカーのRenaultは、低炭素電池セルのメーカーVerkorと電気自動車 (EV) 用の低炭素バッテリーの開発と生産に関する戦略的パートナーシップを結びました。
具体的には、電気自動車向けに年間12GWhのバッテリーを供給する長期パートナーシップで、Renaultが生産する2025年以降の上位セグメントで使用されます。

フランススタートアップとの連携事例は、SBF120企業に限らず日本の大企業との間でも既にいくつか存在していますので、ご興味がある方はこちらの記事をご覧ください。

本noteが少しでも皆さまのインプットや気づきになれば幸いです。


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