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日本政府もベンチマークするフランスのスタートアップ・エコシステム概観

今回は近年日本においても注目度が高まっている、フランスのスタートアップ・エコシステムについてご紹介します!
※このnoteはRouteX Inc.協力のもとで作成しています。

はじめに

スタートアップやオープンイノベーション等に関わる⽅々は、⼀度はフランス・スタートアップを象徴するこちらの雄鶏マークを⾒たことがあるのではないでしょうか。

出典:LA FRENCH TECH

政府主導の計画的なスタートアップ・エコシステム支援策により、スタートアップ不毛の地と言われたフランスが、ここ10年で急速に成長してきています。
フランス政府は次の10年に向けて新たな計画を発表し、今後世界を牽引する成長が期待されています。

今回は、そんなフランスのスタートアップ・エコシステムについて、日仏連携の事例も交えながら解説していきます。

数字で見るフランスのスタートアップ・エコシステム

まずは、フランスのスタートアップ・エコシステムの輪郭を掴んでいただくために、総投資額、ユニコーン輩出数、起業家人材の国外流出に対する流入割合の3点をご紹介します。

総投資額:$9,864M (日本:$7,942M)※

スタートアップへの投資はコロナ禍においても加速し、2022年は前年⽐1.2倍になりました。 EU圏内ではトップで、欧州内でもイギリスに次いで2番⽬に多い数値です。直近では先進技術を⽤いたスタートアップ(Deep Tech)⽀援に注⼒し、研究開発からのイノベーションが進んでいます。
※2022年実績

ユニコーン輩出数:25社 (日本:6社)※

2022年末時点で25社のユニコーン輩出はイギリス、ドイツに次ぎヨーロッパ第3位です。フランス政府として当初2025年までに25社のユニコーン輩出を目標としていましたが、3年前倒しで達成し、2030年に向けて100社のユニコーン輩出を⽬指しています。政府は毎年国内の成⻑性の⾼いスタートアップを発信するNext40/120を実施し、エコシステムの可視化を政府が主導し推進しています。
※2022年までの累計

起業家⼈材の国外流出に対する流⼊割合:2.2倍※
(日本:記録なし)

日本にはあまり馴染みのない数字ですが、海外では自国の市場規模を超える地域へ起業家人材が移住していくケースが見られます。
もともとアメリカ等へ起業家が流出していたフランスは、現在は国外流出に対して2.2倍以上の起業家⼈材が流⼊し、今や欧州において最も⾼い割合となっています。優秀な起業家⼈材とその予備軍を集める素地のあるフランスのスタートアップ・エコシステムは今後更なる発展が期待できます。

日本では、海外へ流出する日本人起業家の絶対数に関する情報はありませんでしたが、流入する外国人起業家の情報は「経営・管理ビザ」(通称 スタートアップビザ)からある程度読み取ることができます。公益財団法人 アジア成長研究所 『日本における外国人企業家の地域分布と影響要因 -外国人創業促進政策の効果に関する考察を兼ねて』と出入国在留管理庁が公開した『令和5年6月末現在における在留外国人数について』を照らすと、 2015年4月の入管法改正以降、経営・管理ビザ所有者は順調に増え、2022年末には2015年比1.76倍の31,808人の所有者がいることがわかります。
ただ、依然として経営・管理ビザの取得はハードルが高いのが現状です。そのため、政府は特定エリアで「スタートアップビザ」という条件を緩和したビザを発行するなど外国人起業家の増加に向けた各種取り組みを実行中です。
※2022年実績

フランスのスタートアップ事例

次にフランスのスタートアップの解像度を高めるため、スタートアップの事例を6社ご紹介します。ここではフランスが世界に輩出したユニコーンスタートアップと、欧州で官民ともに注目度が高く、力強い成長を遂げているESG領域におけるスタートアップをご紹介します。

ユニコーンスタートアップ

BlaBlaCar

出典:BlaBlaCar

BlaBlaCarは中長距離に特化したオンラインカーシェアリングサービスを提供するスタートアップです。ユーザーは事前に予約した車に乗って、同じ方向に向かっている他のユーザーと同乗することができます。これにより移動費を削減することができると同時に、環境にも配慮した移動方法であるということから、ヨーロッパの都市間移動手段として大きな人気を集めました。

同社は2006年創業、2015年にユニコーン入りを果たしました。

Doctolib

出典:Doctolib

Doctolibは、医師や医療従事者向けの医療現場DXのSaaSプラットフォームを提供するスタートアップです。予約、遠隔医療、業務管理などができ、開業医や診療所といった小規模病院から大病院まで、幅広い顧客を抱えています。
TechCrunchによると、2020年時点では、30万人の医療関係者がこのサービスに料金を支払い、ヨーロッパでは6,000万人が利用していると述べられています。

同社は2013年創業、2019年にユニコーン入りを果たしました。

Back Market

出典:Back Market

Back Marketは、リファービッシュ品(整備済製品)専門マーケットプレイスを提供するスタートアップです。フランス以外にもアメリカやドイツ、日本を含む18カ国にサービスを展開しています。
サステナビリティに関連する⽂脈に加え、低所得層が相対的に厚い欧州においてユーザーニーズが顕在化している現地特有の事例だといえます。

同社は2014年創業、2022年にユニコーン入りを果たし、その当時はフランスで最も評価額の高いスタートアップの1つで、評価額は57億ドル(6,789億円)もありました。

ESG領域のスタートアップ事例

Ynsect

出典:Ynsect

Ynsectは昆虫由来の飼料や肥料の⽣産、販売を⾏なっています。同社は昆虫の⽣産技術を活用し、従来の農業⽣産⽅法に代わる持続可能な⾷品⽣産を実現しました。

世界からタンパク質が⾜りなくなるタンパク質危機(プロテインクライシス)の解決策として注⽬されています。

Chouette

出典:Chouette

Chouetteは画像解析技術とAIを活用したアグリテックスタートアップです。カメラで撮影した画像データをAIで分析することで、ブドウの病害や⽣育状況を検知し、独⾃のアルゴリズムで適切な農薬散布量の提案を⾏います。

欧州では環境負荷の低減と持続可能な⾷料⽣産をめざし、2030年までに化学農薬の使⽤量を50%削減することが⽬標として掲げられており、Chouetteの技術が注⽬されています。

Ecovadis

出典:EcoVadis

EcoVadisは、175の国と地域で90,000社を超える企業を、数千にのぼる外部ソース(NGO、労働組合、国際機関、地⽅⾃治体、監査機関など)を基に、独⾃のサステナビリティ評価基準によって企業の取り組みを評価、認証するサービスを提供しています。

日本製紙株式会社株式会社IHIなど、⽇本の大手企業でもEcoVadisの評価・認証をESGに対する取り組みの指標として活⽤しています。

フランスのスタートアップ・エコシステムの特徴

ここまで、主にフランスのスタートアップ・エコシステムの大枠を数字と具体例を用いて説明してきました。次にフランスのスタートアップ・エコシステムの特徴を3つの観点から解説します。

政府によるエコシステムの開発

フランス政府は2021年10月に、France 2030という重点投資方針を発表しました。
これは5年間で540億ユーロという巨額の予算を主にグリーンテック領域における先進技術への投資と新製品・サービスの創造に対して拠出するものです。対象として半分はスタートアップやイノベーションへの投資、半分は脱炭素化の取り組みに当てると公表しています。

出典:economie.gouv.fr

開始から2年が経過した2023年10月にはフランス政府が途中成果として既に21億ユーロを拠出、4万人の直接雇用または維持、850万トンに上るCO2の削減に貢献したと発表しています。

上記の政府肝いり政策の他にも、フランスのテック・エコシステムを支援する公的機関French Tech Missionによる国内外コミュニティ拡大や公的投資銀行のBpi Franceによるリスクマネーの提供など、エコシステム開発において「官」が主導的な役割を果たしている点がフランスの特徴です。

French Tech Missionによる、2023年度French Tech Next40/120の受賞企業
出典:French Tech Mission

オープンイノベーション環境

フランスでは大企業とスタートアップ間の連携を促す取り組みが数多くあります。

代表的なものとして、毎年パリで開催される世界最⼤級のオープンイノベーションカンファレンス「Viva Technology」が挙げられます。GoogleやMetaに代表されるテック企業に加えて、フランス・欧州の企業、研究機関、スタートアップなど、オープンイノベーションに関わる幅広いプレイヤーが参画し、それらの横のつながりが醸成される場として有意義に機能しています。

また、フランスでは⾃前のオープンイノベーションプログラムを有している大企業が多く存在しており、企業主導のオープンイノベーションも盛んです。著名な例を挙げると、LVMH(DARE)やL'Oréal(L'Oréal Beauty Tech Atelier)などがあります。
特に直近ではブロックチェーンやメタバースなど、新しい技術アセットを必要とする領域におけるオープンイノベーションが顕在化しています。このような大企業主導のオープンイノベーションはスタートアップにとっても事業開発を進める必要機会として認知され、企業間の連携を円滑に進める助けとなっています。

出典:LVMH
撮影:RouteX

そしてフランスではオープンイノベーションの「機会」のみならず「拠点」の整備が進んでいることも、大企業とスタートアップ間の連携の活性化に深くかかわっています。
世界最大のインキュベーション施設として名の知られるSTATION Fでは、数多くの大企業によるサテライトオフィスが設置され、アクセラレーションプログラムが提供されています。
また、パリ郊外のサクレー地域では研究開発を起点とするソリューション(Deep Tech)におけるオープンイノベーションのエコシステムが形成されています。

⼀⼤カンファレンス地としての活⽤

フランスは先述したViva Technologyの他に、世界/欧州を代表するカンファレンスの開催地としての機能も有しています。地理的にも欧州の中⼼都市として位置づけられるパリは、あらゆる分野の国際会議・カンファレンスの場として、世界で最も開催回数が多い都市の⼀つとして数えられています。

市内にはPorte de Versailleをはじめとした大規模なカンファレンス会場が数多く整っているだけでなく、地元住民からの認知・受容性も⾼く⼀般市⺠が参加する場としても機能しているため、市場開拓やコンシューマー向け事業の創出がしやすい環境といえます。またアグリテックやブロックチェーン、NFT、ヘルスケアなど、先端領域をテーマとし世界中から聴衆を集めるイベントが頻繁に実施されることも特徴です。

フランスで開催されるカンファレンスの一例
Viva TechnologyHello TomorrowParis Blockchain Week
Paris-Saclay SpringNFT Paris Conference

フランスが積極的にカンファレンスを行う理由の1つに、国外に対してブランディングを行い、国内へスタートアップ・エコシステムプレーヤーの誘致や関係構築を図っている点があります。例えば、欧州発のDeep Techコミュニティとしては最⼤とされるHello Tomorrowが開催する世界中のDeep Techをパリに集めコンペティションを⾏う年次イベントGlobal Summitでは、フランス政府よりゲストスピーカーが招待され、今後の期待と⽅針について発信がされています。

日仏スタートアップの両国における関係性

次に日本とフランスのスタートアップに焦点を当て、相互の国においてどのような活動事例があるかをご紹介します。

⽇系⼤企業とフランス・スタートアップの連携事例

日本の大企業が抱える課題解決、または事業領域におけるシナジーを生み出すことを目的に、近年フランスのスタートアップとの連携が増えています。

丸紅×Ynsect

先述した昆虫由来タンパク製造・販売企業Ynsectは、2023年3月に丸紅と⽇本市場進出に向けた協業について基本合意書を締結しました。

出典:丸紅株式会社

この背景には、世界的な⼈⼝増加と経済発展による⾷糧危機とタンパク質危機という社会課題があり、2050年の世界の⾷料需要は2010年⽐1.7倍、タンパク質需要は2005年⽐約2倍となることが予測されています。
丸紅は中期経営戦略GC2024 においてグリーンのトップランナーになることを目標に、「環境配慮型食料」に注力していくことを明記しており、その一環として本基本合意書が位置づけられています。

UNIQLO×EXOTEC

フランス北部で創業したEXOTECはフランス⼯業界における初のユニコーン企業です。3次元立体⾃動搬送ロボットSkypodを中核とした倉庫の効率化にむけたソリューションを展開しています。
ロボットが秒速4メートルで走行し、⾼さ12メートルの商品棚を3次元で動き回ることで⽴体的に施設を使うことができ、保管容量を従来の5倍にすることが可能になるとされています。また、倉庫を稼働したまま柔軟に拡張でき、遠隔監視によって不具合も防ぎます。

2019年、日本初進出の事例として、ファーストリテイリング(UNIQLO) にシステムが導⼊されました。
UNIQLOで稼働している動画はこちらからご覧いただけます。
また、ヨドバシカメラの物流拠点でも⾃動搬送システムの稼働が決定しています。

クボタ×Chouette

出典:クボタ

2023年2月、クボタは、先述した画像解析技術とAIを活用したアグリテックスタートアップChouetteに出資を行いました。この狙いとしてクボタは、「(Chouetteのソリューションで)得られた病害や生育不良のデータと(同社)独自のアルゴリズムを用いて適切な農薬散布の箇所・量を示したマップを作成することができます。これを活用することで効果的に病害の拡大を予防し、使用する農薬も最小限に抑え、環境負荷と農薬コストを低減することができます。」(リリースより引用。括弧内は筆者補足)と説明されています。

⽇系スタートアップのフランスでの活動事例

日系のスタートアップもフランスでの活動の幅を広げています。

メルカリ×Beebs

出典:メルカリ

フリマアプリ大手のメルカリは、フランスで⼦ども向け用品専⽤フリマアプリを展開するBeebsに22年に140万ユーロ(約2億円)を出資したと発表しました。

Beebsは2020年に創業し、既に累計流通額が400万ユーロを超え、約100万⼈が利⽤。⾐類やおもちゃ、ゲームなど400カテゴリー以上の⼦ども⽤品を取り扱っています。

メルカリはプレスリリースの中で、「ノウハウを共有することで両社の事業の成⻑を進める」とし、「フランスを含むヨーロッパ市場でのCtoC(個⼈間)マーケットプレイスの拡⼤を⽬指す」と発表しています。

フランスで事業展開する日本酒ブランドWAKAZE

WAKAZEは、「⽇本酒を世界酒に」というビジョンを掲げ、フランスで⽇本酒の醸造に取り組む、D2Cブランドを展開するスタートアップです。2019年11⽉に⾃社醸造所「KURAGRAND PARIS(クラ・グラン・パリ)」をパリ近郊に設⽴し、現在はフランス産原材料を⽤いて醸造した⽇本酒「THE CLASSIC(ザ クラシック)」などを製造・販売しています。

出典:JAPAN GOV

2023年1⽉にシリーズBにて約10億円の資⾦調達を完了し、宝ホールディングス株式会社とは資本提携契約を締結しました。調達した資⾦は、欧州、アメリカ、中国を中⼼としたアジアでの事業拡⼤のための広告宣伝並びにアメリカでの拠点設⽴・⼈材採⽤、フランスにおける⽣産設備の拡張に充てると発表しています。

フランスのスタートアップ・エコシステムにおける成⻑性

ここまで、フランスのスタートアップ・エコシステムの概要と日仏間の連携事例をご紹介しました。
これまでのおさらいも含めて、今後も益々の発展が見込まれるフランスのスタートアップ・エコシステムの「4つの成長性」について考察します。

欧州スタートアップにおけるハブ

2024年現在既に25社以上のユニコーンを輩出しているフランスでは、マクロン⼤統領が2030年までに100社のユニコーン輩出を宣⾔しています。EUにおける経済の中⼼としての⽴ち位置も相まり、今後あらゆる資本が集中する欧州スタートアップのハブとして成⻑することが期待されます。

Deep Techへのさらなる投資への期待

気候変動や⼈⼝増加・食料危機等の中⻑期的に⼈類が直⾯する課題の解決に取り組むスタートアップが多く⽣まれています。今回は詳細に触れませんでしたが、パリ近郊のパリ・サクレーの様な⼤規模なR&D集積地の開発も進んでおり、今後もDeep Techへの投資が継続して⾏われる予定です。世界最⼤規模のDeep Techに特化したカンファレンス、Hello Tomorrowが毎年パリで開催されている点も、Deep Techへの投資が誘引されるインセンティブの1つとして考えられるでしょう。量子コンピューティング (C12 etc..)、生成系AI (Mistral etc...)といった、トレンドに追随するDeep Techの創出と投資によって成長が期待されています。

アート、ファッションテックの成⻑

フランスのスタートアップ・エコシステムでは特に基盤産業を反映する形でアート、ファッションテック領域への投資が集まっています。実際に、先述したLVMH等のラグジュアリーブランドがオープンイノベーションを進める等、フランス独自のエコシステムが構築されつつあることが注⽬されています。

アフリカマーケットへのリーチ

世界3億⼈の話者がいるフランス語の約60%が、最後のフロンティアと呼ばれるアフリカ⼤陸にいます。そのため、フランスは潜在的な可能性を秘めたアフリカマーケットへの展開においても、海外展開の大きな障壁の1つである「言語問題」に対して優位に働きます。
実際にViva Technology等の⼤規模カンファレンスではアフリカのスタートアップの出展も多く、フランス、アフリカ両方のエコシステムの連携が活発です。今後の市場拡大性が高い点も、フランスならではの成長性です。

おわりに

いかがでしたでしょうか?
本記事では、フランスのスタートアップ・エコシステムの概観、日仏スタートアップの両国における関係性、そしてフランスのスタートアップ・エコシステムの成長性についての考察を説明しました。

今後の日仏スタートアップ・エコシステムの連携拡大に伴い、特に海外進出を検討されているスタートアップの皆さまにとっては、海外進出先としてフランスが選択肢となりうるのではないでしょうか。

本noteが少しでも皆さまのインプットや気づきになれば幸いです。


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