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徒然草 第184段「物は破れたる所ばかりを修理して用ゐる事ぞと、若き人に見習はせて、心づけんためなり」(松下禅尼)

全てのドライバーが短期間で新車に乗り換え続けると、まだまだ使える膨大な数の自動車が廃棄されることになります。自動車製造メーカー各社は心の底では歓迎していないかもしれませんが、長年に渡って大切に新車に乗り続けることや、新車ではなく中古車を選択することには、SDGsの観点からも意義があります。

とはいえ、中古車販売を営むビッグモーターが併設された自動車修理工場や鈑金塗装工場で手を染めた悪事の数々(故意に傷を拡大する、故意にタイヤをパンクさせる、必要のない部品交換を行う、中古部品で代用して新品部品の代金を請求する、他)には開いた口が塞がりません。中古部品の再利用については「もったいない」という含みがあったかもしれませんが、故意に傷をつけたりパンクさせたりしたことは言語道断です。

世の中にはケチなお金持ちも少なくないようですが、ものを大切に使うことは昔から推奨されてきました。住居が狭小で大きな物置きもガレージもない日本では、昨今、断捨離ばかり流行していますが、お時間があれば、古典に目を通してみてはいかがでしょう。


徒然草 第184段

「尼も、後のちは、さはさはと張り替へんと思へども、今日ばかりは、わざとかくてあるべきなり。物は破れたる所ばかりを修理しゆりして用ゐる事ぞと、若き人に見習はせて、心づけんためなり」と申されける、いと有難かりけり。

僧尼は、「後で綺麗に張り替えるつもりですが、今日だけは、わざとこのようにするのです。物は壊れた部分を修繕して使うのだと、若い時頼に注意するのです」と答えた。なんと殊勝なことであろう。

高校古文こういう話(2007年5月22日)

(天声人語)ビッグモーターの不正

2023年7月27日

北条時頼の訪れを前に、母は準備に追われた。障子のやぶれた箇所を小刀で切っては紙をあてる。全部張り替えたほうが楽ではありませんか、と問われた母は答えた。「物は破れたる所ばかりを修理して用ゐる事ぞと、若き人に見習はせて、心つけんためなり」

傷んだ部分だけを直せばいいと気づかせるためです、と。ものを大切にする。徒然草が教訓を伝えている。かの母が耳にすれば、卒倒してしまう醜聞であろう。中古車販売のビッグモーターに、きのうは国交省による聞き取りがあった

弁護士らによる報告書には、信じがたい記述が並ぶ。ゴルフボールを入れた靴下をふりまわしたり、ドライバーでひっかいたりして車にわざと傷をつけて、直した費用を保険会社に請求していた

おとといの会見では、辞めた兼重宏行前社長がまじめな顔で「ゴルフを愛する人に対する冒涜(ぼうとく)だ」と憤っていた。あきれて笑う、とはこのことだろう。冒涜をわびる先が車を愛する人でもなく、顧客でもないとは

どこかピントがずれ、人ごと感のぬぐえない経営者の会見に、社員は泣くに泣けまい。不合理なノルマが課され、降格処分も相次いだ。会見後には「改革の第一弾」として、会社とのやりとりが残るLINEアカウントの削除を求められたそうだ

徒然草は、何事も過ちとなるのは、慣れたつもりで「人をないがしろにするにあり」とも説いている。客の目を侮り、社員を軽んじてうまくゆくはずがない。まったくだ、とうなずく。

(天声人語)ビッグモーターの不正(朝日新聞・2023年7月27日)

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